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日々じゃーなる

日々の生活でおもったことをなんとなく、でも結構まじめに綴るブログです

子どもは遊びをいくらでも思いつく

考え方 日記 教育

今週のお題「何して遊んだ?」

 

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幼少期は、とにかく外でよく遊びました。

内容は思い出そうとしても思い出せません。

遠い記憶ということもありますが、遊びのバリエーションがあまりにも多くて、ということの方が主な理由です。

 

自分が育ったのはごくごく普通の一軒家です。

住宅地だったのですが、残念ながら近くに公園はありませんでした。

つまり、道路で遊ぶことになります。

 

道路と言っても、車がどんどん走るようなところでもないので、まあ普通に遊べるわけです。

ただし、子どもなりの工夫が必要です。

野球だったら、道路でやる以上、ダイヤモンドがめちゃくちゃ縦長にしてやる、などですね。

工夫というよりも、ゴリ押しでやるといった方が近いかもしれません。

 

日本は家と家の間隔がとてもせまい、ということは良くないこととして語られることが多いのですが、子どもにとっては、鬼ごっこ、ケードロ、缶けり、かくれんぼをするのには逆に面白いんですね。

テレビに出てくるような、隙間をくぐり抜けて、みたいなことが本当にできるわけです。

 

そういうところには、そういうところに似合った虫なんかもいて、捕まえたりしていました。

刺されて大変なことになったこともありますが。何に刺されたかは覚えていませんが、痛さはよく覚えています。

 

 

子どもというのは、時間さえあればとにかく遊ぶものです。

自分の子どもは4歳と2歳ですが、食事、睡眠以外は基本ずっと遊んでいます。

もう少し詳しく言うと、何でも遊びに変えます。

 

親の経験がある人ならばわかると思いますが、凝ったおもちゃを買い与えても、意外と親の使っている台所用品なんかを好んで遊びます。

金属製のオタマにうつっている、湾曲した自分の顔をみてゲラゲラ笑う、という風景をよく見かけます。

オタマも、子どもにかかればおもちゃに変わります。

 

自分の子ども時代を思い返せば、やはり公園のような場所があったら嬉しいだろうとは思います。

公園には遊具があればそれはそれで嬉しいのですが、ないならないでなんとかするのも子どものすごいところです。

広場と砂場だけでも、おそらく何時間でも遊びます。

 

今地方にも国にもお金はあまりありません。

公園を作るといっても、素人なのでそこにいくらくらいかかるのかはわかりませんが、安い金額でないことはわかります。

 

しかし、広場と柵(安全のため)くらいならばどうにかなるのではないでしょうか。

それでもかなりのお金がかかるとは思いますが、子ども時代を思い返すと、広い場所で遊びたかった、という思いはあるので、もし広場すらないところがあったら、どうにかしてほしいと思います。

 

それさえあれば、あとは子ども任せでどうにかなるでしょう。

 

 

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ハルキストは家で作品を読もう

考え方 音楽

top.tsite.jp

 

書籍販売が落ち込んでいく中で、ここまで話題になる作家もすごいですね。

自分も村上春樹氏の作品は全て読んでいます。

 

村上氏の作品は、どれも文体が自分に馴染みます。

自分は本を書く方の人間ではないので、なぜ村上氏の作品が自分にとって読みやすいのかを詳しく分析したことはありません。

ただ読みやすい、と感じるだけです。

 

 

村上氏は人気があるゆえ、毎年のようにノーベル文学賞にノミネートされていることが報道されます。

村上ファンのことを「ハルキスト」と呼ぶようです(自分もそれに含まれるのかもしれません)。

その一部がノーベル賞発表前に集まって、発表を固唾を飲んで見守るという、あの報道ですね。

 

これに対し、本人はなんとも思っていないどころか、寧ろ若干迷惑だと思っているところもあるようです。

村上氏の小説以外、例えばエッセイなんかを読むとわかりますが、当の本人はノーベル賞にほとんど関心がないようですね。

 

 

村上氏の名前は一気に有名になったのは、なんといってもノルウェイの森でしょう。

 

ノルウェイの森 文庫 全2巻 完結セット (講談社文庫)

ノルウェイの森 文庫 全2巻 完結セット (講談社文庫)

 

 

本屋で平積みされているこの本の様子は、いまでもよく記憶しています。

良くも悪くも(?)インパクト抜群で、見た目だけでもとりあえず手にとって読んでみようという気になりました。

自分にとっても、村上氏のなかで最も好きな作品、、、ではありませんが、やはり素晴らしい作品だと思います。

 

この作品で一気に知名度が上がった村上氏ですが、実はこの本が日本で話題になったとき、村上氏本人は海外にいたそうです。

村上氏が海外で執筆するのは珍しくないのですが、それが理由で、日本でノルウェイの森フィーバーが起こっていることを知らなかったそうです。

というのも、海外滞在中はわざわざ日本の新聞やテレビをみることもないし、当時はインターネットもなかったので、当然かもしれません。

 

しばらくして帰国と同時に、自分(村上氏)に対する周りの目が一変していることに驚いたそうです。

 

しかし、それからは「良くない」ことが続きます。

 

本人が「良くない」ことと伝えている詳しい内容は明らかしていませんが、一気に知名度を獲得した人に対する社会現象は、本人にとって「良くない」ことも多い、というのは想像に難くありません。

 

もしかして今でもノーベル文学賞に関心を抱かないの、寧ろ嫌悪感さえ抱くのは、そういった苦い経験も理由の一つなのかもしれません。

 

 

ミュージシャンですら、本当は芸能人ではないので、音楽分野に関する事以外は報道される筋合いはないはずです。

しかし、エンターテイメント要素を多分に含んでいる業界故、致し方ない部分もあるでしょう。

 

小説家となると、芸能エンターテイメントからは、より距離があると感じます。

だとすれば、村上ファンだからこそ、賞獲得できるかどうか、ということで集まったりする時間も、村上作品を再読する時間にあててほしいと思います。

集まる人の自由、といえばそれまでですが、好きな作家が快く思っていないことをするのは、ファンとしてはあまり気が進まないものですね。

 

もちろん、最も気遣うべきは報道のされ方です。

「村上氏、また賞を逃す」といった報道は、ファンとしては賞を逃したことではなく、その報道自体に悲しくなります。

 

 

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スポーツはシンプルに

考え方 テクノロジー

digital.asahi.com

 

自分はあまりスポーツ観戦をしません。

自分自身もスポーツをしないし、したとしても、対戦ではないジョギングなどのスポーツを好みます。

ビリヤードは例外ですが、ビリヤードは残念ながらスポーツであるかどうかが微妙、という風潮ですね。

自分にとっては確実にスポーツなのですが。

 

famo-seca.hatenablog.com

 

自分が興味があるかどうかはさておき、一つの文化としてスポーツは大きな役割を担っています。

理想論なのかもしれませんが、スポーツを通じて交流を深めることができるのも事実。

だから、スポーツをすることは、健全なカラダ、またはココロが前提になりますね。

 

 

スポーツは例外なくルールに則って行われます。

ルールに則ったうえで、好成績を獲得した者が「偉い」というシンプルさがスポーツの醍醐味です。

上記とは矛盾するかもしれませんが、ココロの綺麗さなんていう一定の基準がないことを成績に加味「しない」のがスポーツの良いところです。

ウサインボルトが、たとえ性格がめちゃくちゃ悪くても、基本的には彼は素晴らしいアスリートです。

性格が悪いとは思えませんが・・・

 

そのシンプルさ追求の為に必要になるのが、正しい判定です。

人は必ず失敗する生き物なので、人が判定をするとなると、それは失敗すること、つまり誤判定があることを認めていることになります。

だから、訓練を積んだ複数人の判定員(審判)による判定をすることで、その失敗リスク低減を図っています。

 

スポーツにおいて、シンプルさはとても重要なので、微妙な判定や誤判定は少なければ少ないほど良いでしょう。

逆に言えば、そのリスクを下げる方法は次々に取り入れるべきではないでしょうか。

そして、現代ならばテクノロジーを使わない手はありません。

 

実際に、既にテクノロジーは判定には欠かせないものになりつつあります。

水泳の順位判定は、その昔プールサイドにいる判定員が上から覗き込み、泳者がタッチした瞬間に判定員の旗を振り上げる、という方法がとられていました。

今は当然センサーです。

今現在、過去の方法、つまり人による判定に戻した方が良い、という意見があるとは到底思えません。

 

機械にもバグがあり、パーフェクトとは言えませんが、少なくとも人よりは確実性が圧倒的に高いでしょう。

人の方が確実ならば、電卓は普及していないはずです。

 

人が判定するということ自体に文化性を見出す人もいるようですが、スポーツにおいては果たしてそうなのか疑問です。

全ての物事には、突き詰めれば哲学が存在するので、審判、判定にも哲学、美学は存在するでしょう。それは、正しい判定というだけでない何かが存在するのかもしれません。

しかし、一方競技者にとっては、とにかく確実性の高い判定を望むのではないでしょうか。

そして、スポーツにおいて、観客をのぞけば最も優先されるのは競技者であるはずです。

 

記事本文中にも「試合の質を高める狙い」という箇所がありますが、これをつきつめれば、誤判定がゼロ、もしくはゼロに限りなく近いもの、ということになるでしょう。

 

 

スポーツを次世代へ伝えていくにあたって、人の誤判定による理不尽な勝敗があると、スポーツに対するあこがれが減るのではないでしょうか。

ぜひ新しい技術を取り入れ、健全なスポーツ文化継承ができるようにしてもらいたいですね。

 

 

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ネクタイの作法は必要?

考え方 労働 音楽

toyokeizai.net

 

記事元は東洋経済ということもあって、明らかにビジネスマンをターゲットにしています。

かつ、ネクタイなので男性対象の記事と考えてよいでしょう。

 

本屋の話題本のところにも、人の印象は見た目で9割が決まる、といったタイトルの本をみかけたことがあります。

ビジネスに限らず、相手が家族でも恋人でも友人でも、見た目が相手に与える印象は無視できるわけがありません。

 

時々、恋愛において、容姿と性格、どのくらいの割合で相手を選ぶか、といった話を聞きますが、おそらくあれは嘘です

 

SNSが普及した現代ならば可能性としては捨てきれませんが、いまでも多くの場合は、初対面で見た目と性格、どちらを認識するかといえば、確実に見た目が先です。

そして、その見た目をクリアした人だけが、恋愛対象になる可能性ができるのです。

 

イケメンや美人でなくても構わない、という意味と、

見た目はどうでも良い、という意味は、全然ちがいますよね。

 

話がそれましたが、冒頭の記事はネクタイという、見た目を左右する象徴的なものをきっかけに、見た目に気を使うことの重要性を訴えているのでしょう。

中身を読んでいくと、詳しいことが書いてあります。

その内容は記事本文に譲りますが、大切なのは、見た目に気をつかっているかどうか、ということでしょう。

 

そして、見た目に気を使う、ということそのものが、その人の性格を表しているとも言えます。

 

心理学的に言えば、どの色がどうだとか、どの大きさがどうだとか言うのはさておき、毎日外出する前に、鏡をみていますか、ということですね。

他人にどう映るかのまえに、少なくとも自分自身では納得のいく見た目になれているか、ということでしょう。

その先は、人の好みの問題です。

 

 

一方、見た目に気を使うという行為が独り歩きしてしまっている風潮も否めません。

上にも書いたように、ネクタイかどうか、ということよりも、本人が見た目に気を使っているかどうか、ということが大切です。

つまり、極論を言えばネクタイでなくても良いわけです。

ビジネスの世界では、ネクタイ着用がマナーになっていますが、これこそまさに、根拠を忘れたマナーの独り歩きです。

 

ビジネスの世界だけではありません。

自分のいる音楽の世界でもそういったことはありました。

マナーとはまったく逆方向ですが、ロックというジャンルをライブでするにあたって、ラフな格好であればあるほどかっこよい、というのはわかります。

それがいつしか、ロックはラフな格好でなければいけない、という逆転現象がおきました。

 

カッコよければ何でもよいはずなのに、です。

 

日本の若者が、ある時期「シフクロック」という文化をつくりました。

名前の通り、シフク(私服)でロックをする文化です。

具体的なバンド名は出さなくても、いくらでも思い当たるバンドはあるでしょう。

むしろ、今の20歳前後の世代にとっては、その方がロックの王道スタイルと思う人がいてもおかしくないくらいですね。

 

そして、ロックの格好はこうあるべきだ、という固定観念を持っている人以外、誰も傷つけることなく、そのスタイルは広まりました。

あらゆる文化はこうやって多様性を増していくのだと思います。

明らかに人を傷つける行為は多様性には含まれるべきではありませんが、私服でロックをすることで明らかに人を傷つけるとは思えません。

 

 

冒頭記事の批判をしているわけではありません。

ただ、マナーや作法は、時にその根拠が忘れ去られる「形骸化」が起きてしまいます。

 

見た目にも気をつかうべきですが、こういうところにも気をつけたいところです。

 

 

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新しいものは、とりあえず嫌われる?

考え方 テクノロジー 労働 教育

mainichi.jp

 

また、といっては何ですが、またスマホ批判ポスター、記事です。

これまでの30年くらいでもっとも進化したデバイスは電話でしょう。

自分が小学生の頃には、まだダイアル式の電話が普通にあったし、もちろん有線でした。

それが今では、スマホを使って、地球の裏側とテレビ電話が出来ます。

その進化が急すぎて、拒絶反応を示す人も多いようですね。

 

新しい技術において、100%良いことということはありません。

でも、51%良いことならば、49%をなくす努力を重ねながら普及を促していくべきではないでしょうか。

 

その為には、批判も「正しく」批判すべきだと思います。

冒頭記事およびポスターのスマホ批判は、たしかにと思うこともありますが、ちょっとツッコんでみたいと思います。

 

睡眠時間が減る、体力が落ちる、視力が落ちる?

 

これらは、スマホばかりしているとたしかに悪い方向に進むでしょう。

でも、スマホだけのせいにするのはいかがなものでしょうか。

スマホが普及する以前から、現代人の睡眠時間、体力、視力は問題視されていたでしょう。

どれも、忙しいビジネスマンは、仕事だからという理由をつけて、睡眠時間を削って仕事をすること、パソコン作業が増えて体力が落ちたり視力が下がったりすることを直視してなかったのではないでしょうか。

 

学力低下、脳機能障害

 

スマホを使いすぎると学力が落ちる、というのは、いささか大雑把過ぎる印象を受けます。

というのも、スマホのアプリには学習アプリも多く存在し、それらを使って仕事、資格取得、英会話の勉強をしている人も多いでしょう。

通勤電車の中で、スマホを使って勉強しても、学力は落ちるのでしょうか。

脳機能も同様のことが言えます。

スマホの使いすぎ、というより、スマホを使って何をしているか、というところまで指摘しないと、正しい批判とは言えません。

 

コミュニケーション能力

 

SNSの普及で、生のコミュニケーションが減った、というステレオタイプな主張は、聞き飽きた感が否めません。

コミュニケーションのカタチは、時代によって変遷をとげるのは仕方ない部分もあるのではないでしょうか。

勝手な想像ですが、電話が発明された当初も、生のコミュニケーションが減る、と警鐘をならした知識人がいたのではないでしょうか。

その警鐘が正しかろうがそうでなかろうが、電話でのコミュニケーションはなくなっていませんね。

 

 

スマホの機能は、アプリによって無限に拡張できるといってもよいでしょう。

たしかにスマホの使用時間は長いのですが、それは、それまでにスマホ以外でやっていたことをスマホでやるようになった結果とみれば、そんなに問題ではないと思います。

実際に自分はかなりのタスクをスマホに集約させています。

 

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最初にも書きましたが、たしかにスマホの乱用による弊害もあります。

それらを「正しく」批判しないと、反論をうけて問題が解決しません。

上に書いたツッコミ以外にも、例えば睡眠時間や体力、視力のことは、読書ばかりしている人や勉強ばかりしている人に対してもできる批判です。

 

第一、この警告記事やポスターですら、スマホで見る人もいるのです

 

新しいものを良きものにするための批判を心がけたいものですね。

 

 

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身近なことから始めよう

考え方 日記

今週のお題「新しく始めたいこと」

 

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はてなブログの、今週のお題へのリンクは、以前よりずっと下の方にあって忘れがちです。

 

別に忘れても構わないのですが、毎日毎日ブログを書き続けるのには調度よい「ネタ」になるので、気づいたらこのように投稿するようにしています。

若干アクセス数も増えるきがするし・・・

 

ということで、新しく始めたいことですが、先日までの投稿であったように、当ブログのデザインテーマを変えたり、文体を変えたりしたあとでこのお題に気づいたのが、今月が厄月であることを象徴していますね。

 

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で、せっかくなので、改めて考えました。

 

 

約1ヶ月ほど前、自転車に乗ってコンビニに行こうとすると、前輪の空気が抜けていました。

空気入れを使っても空気が入らないので、パンクです。

 

幸いなことに近くに自転車屋さんがあるので、自転車を押して持っていきました。

※自転車って、大きな車でもない限り、修理のためには手で押して持っていくしかないので、近くにあることが何よりも大切ですね。

 

自転車屋さんでは、愛想の良い50代位の男性が、慣れた手つきでパンク修理をしてくれました。

その途中、

「この自転車、もう乗ってない自転車なんですか?」

と質問されました。

 

質問の意味するところはつまり、全然乗っていないレベルで錆びている、ということですね。

 

数年前まで自転車で会社勤めをしていた頃は毎日乗っていましたが、今は週に1,2回。

しかも近距離。

メンテナンスも全くしてないまま、屋外駐輪。

当然の結果かもしれません。

お恥ずかしい限りです。

 

プロの方に油をさしてもらい、ネジの調整など行ってもらうと、別の自転車かと思うくらい快適になりました。

音も静か。

 

車やバイク、自転車って、段々錆びてくるので、メンテナンスすると、いかに購入時の状態からかけ離れていたかを実感しますね。

 

 

ということで、新しく始めたいことは、自転車のメンテナンスです。

プロでもないし豊富な知識もないし、そもそも興味自体があまりないのですが、やっぱり長く使うためにはメンテナンスは必要。

とにかく油をさすだけでも全然違う、と自転車屋さんから教わりました。

 

自分の本職は音楽で、楽器はメインがギターですが、ギターも自転車に共通する最も良い保管方法は、使うことです。

自転車も、もっと乗ろうと思います。

そして、何度かに一度は油をさして。

 

 

新しく始めること、となると、なにか大きなことを設定しがちですよね。

毎朝ジョギング2キロ、とか、資格をとる為に毎日1時間勉強するぞ、とか。

 

でも習慣化ということからすると、最初のハードルは低ければ低いほど良いと思います。

ジョギングなら、毎日最低500mくらい、勉強なら毎日10分、などなど。

そして、一定期間無事に達成できたらハードルを気づかないレベルであげていく、というのが経験上最も続く方法です。

 

「このくらいなら余裕で続けられる」と思っていることの大半は続かない、というのが現実じゃないでしょうか。

習慣化のためのハウツー本を買うという「習慣」だけは続いてたり・・・

 

ですので、自分にとってはおそらくハードルが低い(?)自転車のメンテナンスを新しく始めようと思っています。

 

 

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アクセス数回復

考え方 日記

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知らぬ間に、当ブログのアクセス数が回復しました。

まさしくV字回復です。

一般的には、V字回復というと、経営者が変わったり、社の方針が変わったりして、利益を回復させることを指すのだと思いますが、当ブログアクセス数のV字回復は別にブログの内容がその回復を手伝ったわけではなく、単純に「仕様」の問題だと思います。

 

経過を、改めて書くと、

 

はてなブログをフリーバージョンからProにアップグレード

※ここではアクセス数には大きな変化なし

独自ドメイン取得

Google AdSense申請

④申請却下

⑤1ヶ月後Proからフリーバージョンへダウングレード

⑥アクセス数が約1/10に激減

⑥2日後にアクセス数回復←ここが今日

 

ということになります。

そもそもProにアップグレードしたのは、独自ドメインを使いたかったから。

なぜなら、そうしないとGoogle AdSenseの申請すらできないからです。

(できないですよね、多分?)

 

独自ドメインの設定をはてなブログで設定すると、URLも変わりますが、これがダウングレードしたときのアクセス数激減の理由に絡んでいるのではないかな、と推測しています。

 

Google AdSenseの申請が却下された理由もよくわかりません。

でも、おそらくですが、独自ドメインを取得、設定してから申請までがあまりにも早すぎたのが原因ではないでしょうか。

上に書いた過程の①から④までを、1時間弱で行いました。

 

さらに、上記の過程では省略していますが、④の申請却下にはさらに詳細があって、

 

④-1 申請エラー

④-2 再申請

④-3 放置(!)

 

となっています。

ここまで含めて1時間弱で行ったのが、Google側にも不審に思われた原因かもしれません。

 

何でも早ければ良いというものでもないのかもしれませんね。

 

ちなみに、アクセス数激減に関しては、現在回復しているので胸をなでおろしていますが、2日前にはてな運営側に送信した、激減理由の質問メールに対する返信もなく、最近ネット企業に放置されることが2件も続いて、少し残念です。

 

これまでは一度もこういったことはなかったので、不思議ですらあります。

文章も、決して厳しい文体で書いたわけではないのですが、どうなんでしょうか。

 

でも、プラスに考えれば昨日投稿したように、ブログのテーマを変えたり、文体を変えたりするきっかけにもなったので、一連の流れを経験した価値はありますね。

 

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Google AdSenseに関しては、しばらく間をおいて、またチャレンジしてみます。

誰か詳しい方がいたら、ぜひアドバイスをお願いします。

 

【追記 2/15 15:00】

はてな運営側より返答ありました。

やはりURLの問題ではないか、とのことです。

丁寧な返答ありがとうございます。

この場を借りてお礼申し上げます。

 

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