日々じゃーなる

日々の生活でおもったことをなんとなく、でも結構まじめに綴るブログです。 趣味は読書とビリヤード。仕事は音楽関係。

モラハラ〜厳しさと教育と無視、陰口

関大アイススケート部の変 織田信成元監督が浜田コーチ提訴 1100万円賠償請求/スポーツ/デイリースポーツ online

 

いわゆるモラハラです。

 

スポーツ界でこういうことが起きると、

「厳しさによる教育だ」

「自分もそういうのをくぐり抜けてきた」

といった意見が出ます。

 

私はいつも思うのですが、こういう意見を言えるのは、その厳しさを乗り越えた人だけですよね。

行き過ぎた厳しさでやめちゃった人の意見を聞ける機会はほとんどない。

 

スポーツは確かに、厳しさも必要なのかもしれません。

でも、それは必要最低条件なのでしょうか。

 

少しばかり心が弱い人だっています。

恫喝されることに耐えられない人は、どんなスポーツをやっても好成績は残せない、と誰が決めたのかな、と思います。

 

スポーツの良さは、結果で全てが決まる、というところ。

仮に性格はあんまり良くなくても。容姿がいまいちでも、結果を出せば認めてもらえる。

そして、結果も一部のスポーツの除いてわかりやすい勝敗が出ます。

 

厳しさに耐えられるスポーツマンが素晴らしいのではありません。

結果を出したスポーツマンの中には、厳しさに耐えられた人がいる、ということです。

 

報道によると、無視や陰口といった行為があったそうですね。

これはスポーツ教育において、耐えなければならない厳しさにあたるのでしょうか?

それによって健全なスポーツマンシップは育つのでしょうか?

 

モラハラは、確かに定義がムズカシイ。

受け取り側によってハラスメントなのかどうかが決まっちゃいます。

かといって、どこの世界に、無視や陰口が教育の一環とみなされるところがあるのでしょうか?

それは単なる醜い行為です。

 

こういうことを、勇気を持ってオープンにするのには勇気が必要だったと思います。

適切な処罰をお願いしたいところですね。

新聞というより、記者が必要

ネットがあれば新聞不要と思う人に欠けた視点 | リーダーシップ・教養・資格・スキル | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

新聞はとってません。

理由はどこにでもある理由で、ネットで事足りるからです。

 

新聞はそういう意味で私には必要ないですが、新聞社は必要だと思ってます。

 

新聞社は、つまり報道機関のトップだと今でも思ってます。

 

権力監視という意味で、報道する方にもある程度の権限を与えることは必要ですよね。

 

だから、新聞が必要というより、報道記者が必要ということです。

その記事が、紙媒体で伝えられるのか、ウェブで伝えられるのかは、あんまり関係ないかと。

 

そもそも、紙媒体はコストかかりそうですよね。データにしてコスト抑えていけば、報道経費も賄えるものではないですかね。

 

あと、双方向コミュニケーションという意味でもウェブに軍配があがります。

報道大手各社は、市民目線なんて言葉をよく使いますが、どこの市民目線を指しているのかサッパリ分からないことが少なくない。

 

コメント欄を用意してくれたら、そこである程度、記事のクオリティを判断できるし、報道側の緊張感にもなるでしょう。

 

報道は、第四の権力なんて言われますね。

私は、現在の報道大手の在り方には問題が多いと感じます。

権力ある機関に問題があることは危険ですよね。

 

新聞は無くなっても良いけれど、新聞社にはいてもらわないと困ります。

 

そういう意味で、新聞社にはしっかりとした報道をやっていってほしいと思います。

接客は良いに越したことはないものの・・・ホテルの忘れ物取扱について

【現役ホテルマンからのお願い】飲みかけのペットボトルは持ち帰って下さい!何故なら…. | Viralhighway

 

日本の接客はレベル高いみたいですね。

かなりの安宿でも、星をいくつか持っているホテルなみの接客をしてくれる、なんて聞いたことあります。

海外旅行で宿泊したことがたくさんある人なら、なんとなくわかる感覚ですね。

 

でも、こういう記事を見ると、それも一長一短かな、と。

 

たしかに、ゴミ箱に捨てていないものはガラクタに見えてもゴミじゃないかもしれないので、取っておく、というのは、理屈としてはわかります。

 

でも、これってちょっとやりすぎじゃないですか?

 

ホテルのサービスって、どんだけわがままな人が来ても文句言われない、っていうところに水準を置いているのかもしれませんが、それはサービスにかかるコストが全体として上がっちゃう、ということになります。

 

それはまわりめぐって、現場ではたらく人の過労やストレスにつながるか、宿泊料の値上げに繋がります。

 

宿泊料を払っている(もらっている)から当然、という考え方は、つまり拝金主義です。

あんまり健全とは言い難いかな。

 

例えば飲食店でも、お金を払うのは客ですが、店員さんにごちそうさまくらい言う空気の方が望ましくないですか?

横柄な態度なんて論外、みっともない。

 

こういう記事をみたら、今後はゴミはちゃんとゴミ箱に捨てよう、とは思いますよ。

でも、ゴミにしか見えないものをゴミ箱に入れずに忘れていった方にだって、いくらお金を払っていると言っても責任はありますよ。

 

 

海外旅行先にある免税店で態度が大きいのも日本人だと聞いたことがあります。

お金を払っている方がきちっとした接客されるのが当たり前、という国内の雰囲気そのまま、ということなのかもしれません。

 

もちろん、接客は良いに越したことないですよ。

でも、一番良いのは接客もよいし、客の方にも節度がある、という空気じゃないでしょうか。

 

ゴミっぽいものをとっておくことにコストがかかり、現場から不満が出てるんだったら、捨てても良いと思いますけどね。

英語教育は、読み書きか会話か、どっちが優先?

WEB特集 英語民間試験 導入延期の経緯と今後は | NHKニュース

 

今は小学校から必修化されている英語ですが、私達世代でも中学3年間、そのあとほとんどの人は高校3年間、計6年の英語教育を受けています。

 

にもかかわらず、英語が話せる人はあんまりいませんね。

話せる人は留学経験がある人とかばっかりです。

私も同じで、海外に移住するまでは全くと言ってよいほど話せませんでした。

 

学校で6年も英語教育を受けて英語が話せない、これは英語教育がおかしい、ということで、いろいろと改善が議論されているのでしょうね。

 

でも、考えてみてください。

数学は小学校の1年(算数)から高校まで12年習いますよね。

で、大人になって中学受験の問題(つまり小学校レベル)がスラスラと解ける人っています?

高校受験の問題となると、ほとんど解けないんじゃないですか?

 

他の教科も同じで、学校教育を受けてきた結果、それが身になっているかどうか、といえば怪しいもんです、

もし身になっていることがあるとしたら、それは学校教育で習ったあとに、社会でも見たり聞いたり使ったりしていることばかりじゃないですか?

 

実際、上に挙げた数学で言えば、四則演算くらいはほとんど人ができます。

普段の生活で使うからできるわけです。

同じ四則演算でも分数同士の割り算となると・・・どうですか?

普段使わないからできない人も多いし、かといって困らないですよね。

 

6年もの間英語教育を受けたのに話せない、というのは、英語だけがそうなっているわけではないことから考えると、学校教育の限界があるからとも言えるでしょうね。

 

じゃあこのままで良いかというと、そうも思いません。

やっぱり教育内容はよりよいものに進化させていくべきでしょう。

 

言語の4技能は、読み、書き、話し、聞き、です。

このうち、今の英語教育は読み書きに偏りすぎている、と言われます。

 

これは、そもそも英語教育の目的を、学問とするのか、コミュニケーションツールとするのか、で変わってきます。

 

よく、役に立つかどうか、で決めるなんて言う人もいますが、役に立つかどうかなんて、その人が将来どんな職業に就くかによって全然違いますし、上にも書いたとおり、英語に限らず学校で習った内容で社会に出て「直接」役に立つことなんてあんまりないので、英語だけにそれを求めるのは無理があります。

 

いや、少しは役に立つ、という意見もありますが、確かにそのとおりです。

ただ、これは繰り返しになりますが、人によって英語の4技能のどれが役に立つかは違うので、集団教育では限界があるんです。

 

集団教育で、全員ではないけれど、少しでも多くの人に役に立ちそうなことを教える、ということになると、4技能のうち、どれが役に立つ人が多いでしょうね?

 

答えは簡単、話し、聞きです。

なぜなら、これも上に書きましたが、話し、聞きはコミュニケーションツールとして使えるからです。

 

ここは他の教科とは違いますよね。

国語は同じ言語ですが、初等教育の国語は読み書きに偏っているという点で英語と同様と考えて良いと思います。

これをふまえて、英語以外の教科は、それそのものだけで成り立つ教養です。

英語の話し、聞きに関しては、相手がいたらコミュニケーションツールとなりえます。

ここが英語教育を再考するきっかけを与えているのだと思います。

 

そもそも、日々の生活の中で、読み書きする量と、話し聞きする量とどっちが多いと思いますか?

これは、間違いなく話し聞きでしょう。

あくまで平均的な、庶民的な話ですよ。

 

これは母国語である日本でも、世界共通語である英語でも同じはずです。

 

つまり、どうせ習う英語を少しでも役に立たせないのなら、4技能のうち、少しでも役に立つ方から優先的に教えてほしい、となるわけですね。

で、多くの人にとって、少しでも役に立つ技能は、話し聞きになるから、こちらの方に重点をおくべきだ、という意見になるわけです。

 

もちろん、他にも理由はあるでしょう。

読み書きは、基本一人の作業なので、調べながらゆっくりでもなんとかなるが(現代はGoogleという素晴らしいツールが手元にありますね)、話し聞きはコミュニケーションなので、会話のテンポが崩れてスムーズにいかない、とか。

 

すぐに翻訳してくれるポケトークみたいなものもありますが、それでも日本人同士のスムーズな会話に比べたらだいぶもたつきますよね。

 

ということで、個人的な意見を言えば、やっぱり話し聞きの方にもう少し重点を置いたほうが良いのでは、と思います。

 

ただ、それでも学校教育を終えて、英語がスラスラと話せるようになる人なんてほぼいないと思いますけどね。

本当に話せるようになりたいのなら、思い切って英語圏の国に行くか、それが無理なら英語の話せる恋人を作って、全部英語で会話する、くらいのことはしないとムズカシイと思います。

変化が苦手、でもそんなこと言ってられない

日本の音楽産業が欧米に乗り遅れた理由 音楽プロデューサー・亀田誠治氏が語るサブスクリプション配信の価値 - ログミーBiz

 

変化が苦手なのは、日本の特徴の一つだと思います。

テクノロジーが時代を引っ張っていく時代に、この特徴は相当に足かせになっちゃいますね。

 

記事中にある、いわゆる既得権益を守ろうとしている人達がサブスク普及を遅らせた、という分析は正しいと思いますが、既得権益を守ろうとする人は日本以外にもたくさんいると思います。

 

日本はそれに加え、変化が苦手だから、世間が「変わらないこと」を許したのだと思います。たとえそれが既得権益を守る行為につながったとしても、です。

 

でもですね、、、もうそろそろ気づいたほうが良いですよ。

世の中は、便利な方にしか流れません。

便利さは、テクノロジー進化の目的第一です。

 

音楽だけでなく、決済だってやっと変わってきました。

でも、考えてみればSuicaはもっと前からありましたよね?

 

ちゃんと券売機があって、現金で切符を買えるのに、もうみんなSuicaです。

それは一重に、便利だからですよね。

 

交通に関しては便利だからSuica、でも店での買い物は現金じゃないと不安、、、よくわかりませんね、、

 

変化が苦手な理由は、失敗を悪と思っているからだと思います。

失敗は嬉しいものではなくても、悪ではありませんよね。

取り返しがつかないことでなければ、いろいろ試してみて、だめなら戻れば良い。

 

音楽のサブスクだって、キャッシュレス決済だって、一度ガーンと普及させてみて、だめなら戻ってこればよいわけです。

うまくいったらラッキーくらいの気持ちで。

 

1億人以上が住むこの国で、全員が納得するようなやりかたやサービスはありませんよね?

だったら、うまくいくかもしれないことに挑戦してみる、といった考え方が広まってほしいと思います。

 

そういった意味では、今やってるキャッシュレス還元だって一つのトライアルです。

 

音楽は民間主導なので、もっと柔軟にできたはずなのに、音楽業界は失敗しましたね。

そのツケが今まわってきてます。

 

音楽が今後消えることは考えられません。

でも、音楽ビジネスのあり方は変わらざるを得ない。

それは落胆することではなく、音楽以外の業界でも必然です。

変わらずやることを美徳とするビジネスは、時間の問題で崩壊すると断言します。

 

さあ、音楽ビジネスはどうなっていくんでしょうかね。

音楽ファンは、のんきに音楽を聞いているだけでよいから、高みの見物です。

 

私は音楽業界の人間なので・・・ちょいと大変です

D'Addario XTAPB1253 XT PB Regular Light アコースティックギター弦 12-53PHOSPHOR BRONZE、最初のレポートしてみます

 

famo-seca.hatenablog.com

 

ダダリオの対エリクサーコーティング弦、使い始めて数日経ちました。

 

音は問題なし。耐久性はまだわかりません。

ただ一つ、エリクサーとの違いを発見しました。

 

触り心地です。

特に左手、弦を押さえる方の触り心地がかなり違いますね。

 

コーティング弦は、その名の通りコーティングしているので、普通の弦よりもツルツルな印象です。

エリクサーも「ポリウェブ」と「ナノウェブ」という2種のコーティングが用意されていますが、私が使っている、コーティングが薄い「ナノウェブ」の方でも普通の弦よりはやっぱりツルツル。

 

でも、そのツルツルになれちゃうと、逆にツルツルじゃないと違和感を感じるようになります。

 

実際、弦には潤滑剤を塗って滑りをよくすることもあるくらいなので、ある程度はツルツルの方が良いわけです。

 

で、今回試しているダダリオは、そのツルツル度がエリクサーに比べると、少し少ない。

言い換えれば、普通の弦に近い。

 

でも、長いことエリクサーを使ってきたので、私にとってはエリクサーのツルツルが普通になっちゃってるんですよね。

だから、ちょっと引っかかりを感じます。

 

コードチェンジで弦をスライドさせるときとかは、結構な違いを感じますし、「キュッ」っていう音もまあまあします。

(ちなみに、あの「キュッ」って音が好きって人、結構いますよね)

 

これは良し悪しではなく、慣れの問題だと思います。

おそらくエリクサーを使い始めた頃は、ツルツルしすぎてて違和感があったのかもしれませんね。

随分前のことなので覚えていませんが・・

 

耐久性を売りにしている弦なので、もうしばらく様子を見てみます。

演奏に大きく影響するレベルではないから、試すにはもってこいです。

 

また気づいたことがあったらレポートします。

PCというより、スマホ〜どっちにしろ良いことずくめ

学校PC1人1台、安倍首相「当然」 経済対策に盛り込まれる公算(ロイター) - Yahoo!ニュース

 

まだ子どもだから、という視点で教育をしていたら、世界から置いていかれます。

なんでも吸収できる時期だからこそ、多少ムズカシイかな、と思うことでもどんどん与えていったほうがよいと思いますよ。

 

パソコンもそうですが、私はスマホの方が良いかな、と。

時代としては、PCからスマホのようなモバイルデバイスに移りつつあるからです。

 

もっとも私は中年なので、スマホだけでは心もとなく、やっぱりPCでいろんな作業をやる方に逃げてしまいますが、あと10年経てばそんなことも言ってられない。

手元にあるデバイスで全てのことをできる時代になりつつなるでしょう。

 

また、その頃にはウェアラブルバイスも登場してきて、「昔はスマホっていう機械を手で持ってたらしいよ〜、めんどくさそ〜」なんていう時代になるでしょうね。

 

話が思いっきりそれましたが、スピーディーに時代が変わっていく中で、そのスピードを支えているテクノロジーバイスを教育にどんどん取り込んでいくのは、とても効率の良い教育投資だと思います。

 

紙の地図帳で日本や世界を学ぶより、ストリートビューでいろんな地を写真やストーリー付きで学ぶほうが、なんといっても面白い。

紙の資源も使わなくて良い。

かさばらない。

更新も随時。

良い事ずくめじゃないですか。

 

目は疲れそうだから、一定の休憩時間をとりつつ、ですけどね。

 

教育は国家百年の計です。

コツコツと、でも確かな進化を期待したいですね