日々じゃーなる

日々の生活でおもったことをなんとなく、でも結構まじめに綴るブログです

音楽に対する非難は、あくまで自分「だけの」意見として言うべきだと思う

オシャレに関する投稿

 

famo-seca.hatenablog.com

 

これと近いものがあるが、音楽批判について考えさせられるものがある。

 

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彼女は、いまや知らない人はほとんどいないボーカリスト、May J。

 

特徴は、といえば、ほとんどの人が「歌がうまい!」と言うのではないだろうか。

たしかに彼女が歌がうまい。

 

結構前の話だが、彼女が有名になっていく過程で、

「うまいだけで、心がない」

「カバーばかりでオリジナルが少ないので、ボーカリストとしてのオリジナリティーにも欠ける」

といった非難があったようだ。

 

この非難は考えものだ。

 

歌の上手、下手は、ある程度共通のものさしがある。

リズム、ピッチ、声域などは、いわゆる「計れる」ものなので、判断しやすい。

 

しかし、うまさとは違い「良さ」は、うまさとは別のものさしだ。

そして、このものさしは共通のものがない。

つまり聞き手によって変わる。同じ聞き手でも、置かれている状況によって変わる。

 

非難のなかにある、「心がない」「オリジナリティーに欠ける」といった内容、なんとつかみにくいことだろうか。

彼女の歌を聞いてそれらを感じる人もいるし、感じない人もいるだろう。だから、それはあくまで個人的な感想でしかなく、一般性なんか少しもない。

 

歌の「うまさ」を最重要視する人にとっては、彼女の歌は心に響くに違いない。響かないかもしれない。将来響くようになるかもしれない。

 

そこがよくわからないところが音楽の面白さだ。

これは音楽にかぎらず、芸術分野全般に言えることだ。

 

芸術は、受け取る人や、置かれている状況によって受け取り方が変わるところが一番の魅力。スポーツには絶対にない魅力だ。

(スポーツは、決められたルール内で、結果を出した人が勝ち、というシンプルなものさしがあるから素晴らしいのだ。つまり、ここに結果はださなくても良い、といった価値観は介在させるべきではないと考える)

 

芸術に対する非難は、あくまで個人的意見にとどめておきましょう。

好みは当然あるので、感想を述べるのは問題ないと思います。