日々じゃーなる

日々の生活でおもったことをなんとなく、でも結構まじめに綴るブログです

才能と努力の関係

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芸術分野ではよく、才能という言葉が出てくる。

 

「あの人は才能があるね」

「自分は、この分野の才能ないんだよね」

など。

 

これに対して、

「皆同じ人間だから、生まれた時は同じ」

「才能がある、とは、上手くいったときの結果論」

といったこともよく聞く。

 

まず断言したい。

才能がある人間とない人間はいる。

 

これは当然といえば当然だ。

人間は生まれた時から皆違う。

身長、体重、肌の色、顔のつくり、、、

パーツを見ていくと、全く同じところを探すほうが逆に難しいくらいだ。

 

だとしたら、才能も同じ。

同じ練習量で、走るのが速い、遅い。

特になにもしてないのに力持ちか貧弱か。

当然違うように、芸術分野でも音をすぐにとれる、とれない、リズム感、良いメロディーを思いつなど、当然もって生まれた才能で変わってくる。

 

問題はここからで、それを努力でカバーできるのか、ということだ。

 

A:才能がなくて努力しない

B:才能があって努力しない

C:才能がなくて努力する

D:才能があって努力する

 

才能と努力をそれぞれ独立して考えると、上記4パターンに大きくわけられる。

 

いわゆる結果を出す、成功するという側面において音楽の世界に限って、かつ自分が見てきた経験を話す。

(あくまで経験で、真実ではない)

 

Aは論外。

BとCだが、長い目で見ると、実はCが生き残る。

Bのもっている才能「量」にもよるが、才能をもっている人間がたくさん競争相手にいるので、それから上にいけない人間はもちろん淘汰される。

(ものごころつく前からピアノ習って、といった人に多い)

 

そして、Dだが、これがいちばん厄介。

ほとんど無敵だ。

 

才能を、先天的な能力、と捉えれば、こればかりはどうしようもないので、努力でカバーできるかどうかというところなのだが、D以外でも結果を出し、成功している人はたくさんいるので、やはり努力が必要不可欠、となる。

逆にいえば、才能だけで結果を残した人間は、本当に本当にごく僅かだ。

 

好きなことを仕事にするのには、才能よりも、つまるところの努力、ということになる。

(重ねて、、あくまで経験からの見解)