日々じゃーなる

日々の生活でおもったことをなんとなく、でも結構まじめに綴るブログです

家族の絆の捉え方

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家族とはなんだろうか。

こんな大きなことを考える機会が最近あったので、改めて考えざるを得ない。

 

自分にとっての家族、それは友達とも恋人とも違う、深い絆で結ばれているもの、かけがえなの無いものだ。

 

友達や恋人は、長い間コミュニケーションをとらなかったら疎遠になることが多いだろう。そもそも友達や恋人はコミュニケーションを通じて、その仲を深めていったはずだから、コミュニケーションありきの存在だ。

 

これに対し、家族とは、コミュニケーションの有無に左右されない。

昔ながらの言い方をすれば「血がつながっている」のだ。

 

これから導かれる家族のあり方、それは

「家族はコミュニケーション(絆)を強要できない」ということだ。

コミュニケーションをとらなくても、結局は家族。

だとしたら、例えば遠く離れて生活し、随分と長い間音沙汰が無くても、知らせがないのは良い知らせ、といった捉え方をできるので、「家族なんだから、一緒に住むべき」なんていう強要はいかがなものか、という結論に達する。

 

家族は支えあって生きていくべき。

そのとおりだと思う。しかし、その支えのほとんどは、心の支えで、心の支えは、地理的な近さや、コミュニケーションの時間に依らない。

 

 

という考えで生きていくと、勘違いされたのだ。

どうも自分の親から避けられている気がしてならない。

それはおそらく、自分が既に結婚もし、子供もいて、べつの家庭を築いているから、むやみに連絡をとるべきでない、と思っているからのようだ。

 

別に、コミュニケーションをとりたくないわけではない。

とるべきだ、という考えは強要すべきでない、ということだ。

 

しかし、自分のような考え方は、得てして冷たい、ドライな印象をあたえるらしく、その結果が招いたことも事実。これは反省に値するだろう。

 

自分の行動が、いくら筋を通したものだとしても、望まずして誰かを傷つけることはある。そのときはきちんと反省するべきだ。