日々じゃーなる

日々の生活でおもったことをなんとなく、でも結構まじめに綴るブログです

イマドキの若者は、、、と言っている人に聞かせたい、ある若者のはなし 1/2

小学生の頃

その子は、小学生の頃から漫画が好きで、ごくごく自然に自分で漫画を描くようになった。

小学生高学年の頃までにストーリーを描ききり、絵ももちろんつけた。

それは、お金を稼ぐためでも、誰かに認められたいためでもなく、ただ好きで作り上げたものだ。

ある子供は公園で泥んこになって遊び、ある子供は家でゲームに没頭し、そしてその子は漫画を描き上げた。

ただそれだけのことだった。

 

普通の漫画に換算すると、そのストーリーは40巻以上。

中学生の頃

中学に上がると、母親がその作品をいくつかの出版社に応募した。

まもなくして、出版社から連絡があり、ぜひこの作品を出版したいとのことだった。

当然親子は喜ぶ。

しかし、ことはそう簡単にうまくいかない。

ストーリーや絵の手直しを強制されたのだ。

出版社は漫画を売っていくことにより収入を得る。

だから、売れるための漫画に手直しさせるのは当然だ。

しかし、中学生には理解できなかった。

自分の作品を変えなければいけないという現実を受け止めることが出来なかった。

 

結果、その話は頓挫した。

高校生の頃

高校生になり、自分の作品をなんとか披露したいと思い始める。

しかし、中学の頃の苦い思い出があるため、漫画の出版ではない方法を模索した。

結果たどり着いたのはひとりでの演劇。

演劇のためには、音楽も必要になる。

そこで音楽の勉強もし、自分のストーリーにあう音楽を作るようになった。

(尚、自分との出会いは、この頃だ)

 

演劇では、40巻以上あるストーリーの一部を切り取って披露する。

当然観覧者は前後のストーリーを知らないので、不思議なストーリーだな、という感想になってしまう。

 

そこで、演劇は続けつつ、並行してSNSを使って作品を披露しはじめた。

社会人以降

そのSNSは順調に読者を増やしていったが、SNSはテキストベースなので、文章力で躓くことも出てきた。

そんな時に、「この人の文章を参考にしてみてはどう?」といったコメントが寄せられる。

テーマは違うが、その人も定期的にSNSに文章を投稿している人で、ネット上での評価は非常に高く、そのコミュニティーでは「神」とすら呼ばれていた。

 

文章力に関しては完敗だった。

それと同時に、文体が自分の作品に馴染むかもしれない、と感じた。

 

そして、思い切ってその人にアプローチ。

その時点では、特段その人に協力を依頼するといったわけではなく、ただ単純にコミュニケートしたかっただけだという。

 

SNSのメッセージを通じて、それまでの経緯も隠すこと無く伝えた。

 

そして、衝撃の事実が明らかになる。

 

(2/2へ続く)

 

 

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