日々じゃーなる

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夏休みの宿題の意味

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小学生の頃の夏休みといえば、まず宿題を出されるだろう。

さて、宿題は何のために出されるのだろうか。

 

夏休みの存在意義

夏休みは温帯に属する国々を中心に広く実施されているが、その目的は各国によって異なる。夏季の暑熱の回避が主因となることが多いが、学事年度間(アメリカ合衆国)、夏季の伝統的な慣習の存在など、他の要因が実施の副要因となることも多い。

日本の教育機関の場合、正式名称は「夏季休業」といい、校舎などに冷房設備がない場合が多く、太平洋高気圧支配下での授業が暑熱により困難なので、その間を休業とするためとされる。そして、その期間に期待される教育効果の主たるものは、普段学校では体験することの出来ないことへの児童・生徒の挑戦とされる。

wikipediaより引用

何度読んでも、しっかりと理解できないのだが、要は暑すぎるので(学校では)授業がやりにくい、ということらしい。

 

しかし、家も勿論暑いし、いまなら冷房完備の小学校も増えたのではないだろうか。

それでも、私立でもない限り夏休み無し!というのは、あまり聞いたことがない(おそらく、年間の授業数などに、文科省の定める制限でもあるのだろう)。

ということは、その下に書いてある、普段学校では体験することの出来ないことへの児童・生徒の挑戦ということを期待しているのかもしれない。

 

宿題は何のためにあるのか

 

小学校の頃の教育において、一番大切なのは、学ぶことの楽しさを教えることだ。

決して基礎学力を学ぶ為ではない。

基礎学力なんて、学ぶことの楽しささえ知ってしまえば、勝手に身につく。

逆に、それで追いつかないレベルの学力は、社会人になって必ずしも必要となるものではないはずだ。

徳川幕府の詳細を知らずに困った人はどれくらいいるだろう。

鶴亀算を解ける人は何%くらいいるのだろうか。

 

だとすれば、夏休みは絶好のチャンスのはずだ。

自分で疑問に思ったことを自分で調べる。

自分でやってみたいことを設定し、その達成のために試行錯誤する。

 

これらのことこそ、社会人になってもっとも求められる能力だろう。

指示待ち人間という言葉で非難される昨今の若者。

しかし、時間を与えたにも関わらず、強制的にやらなくてはいけないこと(=宿題)を課し、結局は自分で考える時間を奪っているのは誰だろうか。

 

確かに、小学生では、疑問に思うことを思いつかなかったり、やってみたいことが特になかったり、ということもあるだろう。

だとすれば、教育ではその選択肢をたくさん与えてあげれば良い。

大切なのは、それを自分で選んだ、決断したという過程で、対象はなんだって良いのだ。

避難されがちなテレビゲームでも良い。

ゲーム内で、これまでの自己最高記録を夏休みの間に塗り替える!

素晴らしい目標だろう。

 

夏休みという休暇期間ですら、指示を与えたがる権力者たちは、できるだけ自分で考えない人間を作りたい、と思っているとしか見えない。

 

 

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