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日々じゃーなる

日々の生活でおもったことをなんとなく、でも結構まじめに綴るブログです

努力と結果はどちらが大切か?という選択の無意味さ

労働 教育 考え方

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www.huffingtonpost.jp

 

またまた、頑張って「頑張る」批判をしてみよう。

 

この記事中に書いてある、労働生産性が上がらない幾つもの理由の一つ、結果より努力を賞賛する考え方、にスポットをあててみよう。

 変わらない国、変われない国

まず、こちらの本を紹介する。

 

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

 

 この本の発売日は、1991年だ。

この本では、70年前の大戦で敗戦した理由を、組織論の側面から分析した本だ。

この中で指摘されていることの一つに、結果よりもやる気や努力を優先した、という内容がある。

 

つまり、70年前の戦時中、1991年、そして現在に至っても、本質はなにも変わっていないということだ。

 

国家には学習してもらわないと困る。

いい加減に。

変わるために出来ることは、余計なことをしないこと

では、個人レベルで改革を起こすためにはどうするべきだろうか。

それは、実は至って簡単で、余計なことをしない、ということだろう。

 

努力と結果、どちらが大切かは、一般論で決められるものではない。

各々が感じることだ。

そして、それは排他的な選択ではないので、もちろんどちらも大切だろう

要は、どちらを重要視するか、という比較になるが、それは、各々が勝手に決めれば良い

 

あるスポーツをやっていて、一生懸命努力した結果が思わしくなかった時に、ある人は、その結果を求めて努力したから、やった甲斐があったと思うだろうし、それプラス結果が思わしくなかったこと受け入れ、人の意見を聞き、工夫をし、再挑戦する人もいるだろう。

 

こういった考えに対して、立場が上(年上、上司、親など)の人間が、まるでこちらが正しい、みたいなことを言い始めるから、ことがややこしくなる。

 

社会にはたくさんの人がいて、その数だけ考え方がある。

人1人がもっている考え方なんて、数十億分の一でしかない。

そうわかれば、できるだけたくさんの人に話を聞き、たくさんの情報を本、メディア、ネットからインプットし、咀嚼してから、自分のオリジナルの意見を持つ。

 

そのことを学習と呼ぶのではないだろうか。

 

努力と結果、どちらが大切か、なんていう質問は、それに直面したら勝手に考えるので、一般論として語るのは、どれだけの意味があるのだろう、と思ってしまう。

 

 

famo-seca.hatenablog.com

 

 

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