日々じゃーなる

日々の生活でおもったことをなんとなく、でも結構まじめに綴るブログです

エビデンスは重要だろう

スポーツ選手の賭博問題。
野球賭博も少し前に話題になったし、ニュースから漏れているもの(つまり発覚していないもの)も含めると、かなりの賭博が日常的に行われているのではないか、と考えてしまう。あくまで予想だが。
 
これに対して、教育評論家の尾木ママが言及している。
確かに、スポーツ選手の賭博行為は許されない。
選手はしっかり反省してほしい。
 

原因の追求

 
しかし、それはそれとして、なぜこういったことになってしまったのかの原因を探ることが重要だと考える。
 
尾木ママが上記リンク中で書いている様に、同じ勝負事としてみなしていたという理屈がロジカルなのか単なる屁理屈なのか。
 
自分はその方面にそんなに詳しくはないが、そこに親和性や関係性が全くゼロでは無いのではないだろうか。
 
また、スポーツ界も含めた、いわゆる「派手な世界」は、賭博に陥りやすい背景があるといったことは考えられないだろうか。
 

貶すだけで学べることは少ない

 
感情的に、賭博に関わったスポーツ選手を貶しても何も生まれないと思う。
本人に反省させても、社会がそこから学べることは少ない。
反省することは大事、ということくらいだろうか。
 
それとは別に、他の業界に比べてスポーツ選手が賭博に関わる確率が高い、といったデータ(エビデンス)があったとしたら、そこは研究対象にするべきだ。
これがあれば、対策も絞って立てやすい。
 
人は感情の生き物だ。その影響を良くも悪くも多く受ける。
だからこそ、冷静にエビデンスを見つめ対策を立てていかないと、秩序が保てなくなるのではないだろうか。
 
学校の組体操問題などにも見られる感動ポルノも構造的には同じ要素を含んでいる様に思う。
感動という感情の影にリスクが隠れてしまっているのだ。
スポーツ賭博問題の場合は、賭博の批判感情の影に、対策の必要性が隠れてしまっている気がしてならない。
 
繰り返すが、本人はとにかく反省してほしい。
社会としては、対策を考えていかなければならない。
この二つはトレードオフではなく、同時並行的に可能だ。