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日々じゃーなる

日々の生活でおもったことをなんとなく、でも結構まじめに綴るブログです

「嘘」に対するメンドーな考察

考え方

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嘘が好きな人はいない。
嘘は大抵よくないことだとみんな分かっている。
 
しかし、大人になれば嘘が必要になることもあるようだ。
なぜ大人になったら嘘をつくようになってしまうのか。
 
嘘には大きく分けて2つある。
自分を守るための嘘と、相手を傷つけない為の嘘だ。
 
そして、共通しているのは、どちらもバレると、誰かが傷つくということだろうか。
今回は、自分を守るための嘘について。
 

自分を守るための嘘

 
自分を守るための嘘は、何のためにつくのか。
それは、馬鹿みたいな答えだが、自分を守るためにほかならない。
 
では、なぜそういった状況に追い込まれるのか。
 
それは、自分がやらかしたことで、自分が咎められるのを怖れているからだ。
ポイントは、「やからしたこと」。
つまり、それに対する罪悪感はある、というのが前提。
もしそんなものがなければ、堂々と言えば良いだけだ。
嘘が好きな人はいない。
 
しかし、ここではつまるところ、嘘をつくことのほうが、咎められるよりまし、ということになっている。
 
嘘をつくことへの抵抗感<咎められる抵抗感
 
不等式の左辺が低過ぎるのか右辺が高過ぎるのか。
 
左辺は、嘘を繰り返すことによって下がり続ける。いわゆる「慣れ」だ。
一方、右辺は、どんな相手に咎められるかによって変動する。
想像通り、ひどく咎められれば咎められるほど、抵抗感は強くなる。
 
尚、両辺とも各々が持つメンタルの強さも影響するが、これはそうそう変わらないので、今回は無視する。
 
また、この2つの変数は独立しているわけではなく、右辺が上がればあがるほど、嘘をつく回数が増え、慣れが生じて、左辺が下がる。
 
嘘が好きな人はない、という前提を信じれば、ことの発端は右辺だ。
そして右辺に影響する最も大きなものは、咎める相手だろう。
つまり、その人の周りにいる人が、その人を嘘つきに向かわせる、と思って良い。
 
責任転嫁と批判されそうだが、責任は当然嘘をつく人本人にある。
だからこそ、バレた時の報いも本人が受けることになるし、それは理不尽でもなんでもない。アンタが悪い、のだ。
 

嘘をつかない為には

 
解決方法は何か。
それは、自分で周りにいる人を選ぶしかない。
 
最近言ってしまった嘘、それは誰に対して発せられたものか。
なぜその人に嘘をついてしまったのか。
その理由が、相手を傷つけない為ということを除けば、相手がその人だから(つまりその人に酷く咎められるのは嫌だから)ということはないだろうか。
 
何度も言うが、嘘が好きな人はいない。
にも関わらず相手に嘘をついてしまうのは、嘘をつくという抵抗感よりも、その人から咎められる抵抗感の方が上回るからだろう。
だとすれば、その人とは距離を置いたほうが良い。
 
日本だけでも億を超える人がいる中で、誰とでも仲良くなる必要はないし、現実的に不可能だ。
自分の身を守るために、ある相手と距離を置くのは至極全うな選択だと思う。
 

秘密と嘘は似て非なるもの

 
余談だが、秘密にしておくのと、嘘をつくのは、ある部分は共通しているが、違うところもある。
違うところの顕著な例は、恥ずかしさからくるもの。
 
恥ずかしいことを、恥ずかしげもなく堂々と言うという行為は、時として「デリカシーがない」と言われることになる。
だから、秘密にしておくのであって、嘘ではない。