日々じゃーなる

日々の生活でおもったことをなんとなく、でも結構まじめに綴るブログです

敬語とフレンドリーさの間(ハザマ)で

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言語はロジカルではない

 
母国語以外の言語の習得は難しい。
どんな言語も、それは往々にしてロジカルではないので、結局丸暗記や慣れしかないのだ。
 
例えば、英語は主語の人称、単複でその後に来る動詞が変化する。
 
  • I am happy.
  • You are happy.
  • He is happy.
 
主語のあとにくる動詞(ここではbe動詞)を変化させなくてはいけない、論理的な理由はない。
実際日本語では変化しない。
 
  • 私は幸せだ。
  • 君は幸せだ。
  • 彼は幸せだ。
 
主語以外は全く変化しないが、特にそれで困ったこともない。
 
逆に日本語はモノの数え方が対象によって変わる。
 
  • の紙
  • の犬
  • の機械
 
英語では
  • a paper
  • a dog
  • a machine
 
数え方を変えずとも、特に困ることはない。
 
つまり、言語はロジカルでなく、「そういうもの」なのだ。
だから、(成績が良い言語習得でなく)ナチュラルな言語習得の為には、実際にその言語を話している人達が住む場所に一定期間住むのが最も良い。
まさに、習うより慣れろ、だ。
 

日本語の敬語は、絶妙に複雑

 
外国人が日本語を学ぶときに「難しい」と唸るものの代表に、敬語がある。
確かにこれは難しそうだ。
なぜなら、一言敬語といっても、そこにはかなりの敬語レベルがあり、それを日本人はなんなく、しかも絶妙に使い分けているのだが、これを学習するとなると、日本人ですら説明できないくらい複雑だからだ。
 
例をあげよう。
飲食店で店員が客に対して使う敬語を、身近な先輩に使うとどうなるだろうか。
 
「先輩、いらっしゃいませ。お飲み物は何に致しましょうか?」
 
先輩、後輩の間柄は、何年たっても敬語を使うことも多いが、ある程度親密になったあとですら上記のようなレベルの敬語を使うようだと、面倒極まりない。
 
逆、つまり親密な後輩が先輩に対して使う敬語を、店員が客に向かって使うとこうなる。
 
「おつかれっす。暑いっすね。飲み物なにがいいっすか?」
 
まあ、これでも許される空気の店もあるかもしれないが、少なくとも一般的な日本の飲食店で、初回からこれだと、結構面食らう。
 
つまり、日本人は同じ敬語のなかで、親密度やその場の空気に依る敬語の使い分けをしているのだ。
 
親密度がより深まると、先輩、後輩の間柄でも、タメ口になることもあるだろう。
ここを、アカデミックに
「敬語は親密になれば使わなくなる」
と学習してしまうと、
「親密な空気を出すためには、敬語は使わないほうが良い」
という風に受け取ってしまう人もいるはずだ。
 

キャビンアテンダントに言われた日本語

 
10年くらい前に、海外から帰国している飛行機の中で、キャビンアテンダントに声を掛けられた。
航空会社は中華航空で、キャビンアテンダントも中国人、そして自分も中国人に見間違えられ、中国語で声を掛けられたのだ。もちろん、中国語はわからない。
すると、となりの中国人のおばさんが、この人は日本人だ、と中国語で説明してくれた(らしい)。
すると、そのキャビンアテンダントは、素敵な笑顔と柔らかい口調で
 
「リクライニングをあげろ」
 
と言った。
 
接客としては最高だった。言葉以外は・・・
しかし、ここが敬語の難しさだろう。
真相は分からないが、このキャビンアテンダントが、親密さ(フレンドリーさ)で敬語を避けたのだとしたら、その考え方の方向性は間違っていない。
しかし、ここでタメ口の命令形は絶対にありえない。
 
なぜなら、、、そんなもんだからだ。