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日々じゃーなる

日々の生活でおもったことをなんとなく、でも結構まじめに綴るブログです

飲酒運転 あれから10年

考え方
 
福岡の海の中道というところに行く橋で起きた大惨事だ。
飲酒運転によって3人もの子どもの命が失われた最悪の事故。
 
これが起きたのが2006年の8月。
つまり、あれから10年だ。
 

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この事故より前から、飲酒事故も死亡者数も減り続けている。
ピークの2000年と比較すると、1/5以下だ。
 
ゼロリスク思想は現実的ではない。
戦争も、事故も、犯罪も、ゼロにすることは無理だ。
 
しかし、だからこそゼロに近づける対策を考え続ける必要がある。
 
犯罪の厳罰化が、社会全体として良くなるかどうかは、犯罪の種類にもよるが、少なくとも飲酒運転に関しては効果があったと言える。
 
社会の整備という面で、身近で感じるのは、飲食店の対応。
車で来店したのが明らかなグループ全員にアルコール類の提供はしないようにしている。
逆に、運転手には1ドリンクサービスといった前向きな対策をしている店もある。
 
社会全体の整備は、あきらかに飲酒運転減少に効果が出ている。
 
といっても、現在ですら飲酒事故は年間4000件以上で、単純に1日10件以上のペースだ。
 
相対的にはかなり減ったが、厳罰化や社会全体の整備で減らせる限界はこのあたりではないだろうか。
 
これをさらに数分の1にまで減らすためには、やはり個人の意識改革しかない。
 
飲んでも、自分は大丈夫と勘違いしている人。
今まで何十年も飲酒運転してきて大丈夫だったと言っている人。
飲んでいる時のほうが寧ろ意識がはっきりしていると思っている人。
 
これらの人々は、単純に勉強不足なだけだ。
自分の身体は自分が一番良く知っていると思いこんでいる。
 
そんなわけがない。
超難関である医療国家試験をパスした医者ですら、白髪一つ治せない。
人の体は複雑の極みだ。
 
一般人にできることは、統計を事実として知っておくこと。
自分の知っている自分の身体よりも、統計が教えてくれる事実の方が、自分の身体の状態を的確に判断できる。
 
自分は酒を飲まないが、酒の美味しさや、酒の席の楽しさは十分に知っている。
だからこそ、アメリカの禁酒法はうまくいかなかったのだ。
 
その酒が原因で、人が亡くなることはあってはいけない。
 
酒が好きな人こそ、人に迷惑をかけずに飲まないと、酒自体のあり方を問われることになりかねない。
 
日本は屋外飲酒は合法だが、アメリカやオーストラリアは、州によっては屋外飲酒は禁止されている。
 
ルールは少なければ少ないほど良い。
皆の気持ちでその秩序が保たれるのならば、その方が圧倒的に良い。
 
その為に、改めて飲酒運転を限りなくゼロに近づけていく意識改革をまずは自分から進めていく。