日々じゃーなる

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何かを習得するポイント

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学習曲線を調べてみると、ウィキペディアを含め、いろいろな曲線が出てくる。
いろいろ出てくるということはつまり、まだ確立した何かがあるわけではない、と受け取るべき、ということになる。
 
しかし、いろいろと出てくる中である程度共通していることもある。
 
基本的には、時間と能力が比例関係にあるということ。
それから、停滞期、またはそれに近いものが必ずある、ということだ。
 
前者に関しては当たり前すぎるので良いとして、後者が興味深い。
 
ギター演奏を例に考えてみよう。
 
最初にギターを始める時は、アコースティックギターの場合、コードから覚える人が多い。
 
右利きの場合、左手でコードをスムーズに押さえるためには、普段使わない筋肉(筋力ではない)をつかうので、どうしても繰り返し練習が必要になる。
 
また、指先で弦を押さえるのは、最初は痛みが伴い、皮膚は次第に固くなっていく。
固くなってしまえば痛くもないし、押さえやすくもなるが、これにも時間が必要だ。
 
ギター演奏という目標からすると、コードを押さえること自体は、まだ目標のパーツでしかない
つまり、停滞期と言えるのかもしれない。
 
次は、各々のコードを素早くチェンジする練習が始まる。
(実際には、コードの押さえ方の練習とクロスフェード的に練習することが多い)
 
コードチェンジを素早く出来るようになったら、それをクリックに合わせて、テンポに合わせてコードチェンジができるようになる必要がある。
 
同時に、テンポに合わせるためには、右手のストロークも密接に関係してくるので、右手にも気を使いはじめる。
 
この辺りでやっと曲が弾けるようになる。
曲が弾けるようになって、はじめてギターが弾けるようになったことをわかりやすく自覚することができる。
 
ところが、ギターの弾き方はストロークだけではなく、指弾きスタイルもあるし、単音弾きもあるので、そちらの練習にも手を出し始める。
その後しばらく停滞期が続く。
 
と、こういう感じで進むのが一般的だ。
この中に、伸びと停滞が絡んでくる。
 

馬鹿になって続ける

 
何かを習得するのに必要なのは、伸びと停滞を繰り返しても、ひたすら続けることだ。
 
特に停滞期。
停滞期が全くないような伸び方というのは、どんな分野にもないだろう。
 
これは、実際に停滞しているのではなく、それがわかりやすいカタチで表面化していないだけだ。
 
この時期には、言葉は悪いが、ある程度「馬鹿」になる必要もある。
よくわからないが、まあとにかくやり続けよう、といった「無計画な計画」をたてることも必要だ。
 
そして、それらをすべて含めるもっとも良い方法は、習慣化すること。
 
例えば、ほとんどの日本人は毎日風呂に入ると思うが、それに対してある程度面倒だと感じても、実際に入らないという人は少ない。
 
これは習慣化している証拠だ。
 
一方、アフリカの一部の民族には、生涯の入浴平均回数が3回という民族もいる。
この人たちを日本に一定期間連れて来て、毎日風呂に入れようとしたが、なかなか面倒臭がって習慣化に至らなかったそうだ。
 
つまり、風呂にはいることすら習慣化成功の証と言える。
 
もちろん風呂にはいるのは、身体を清潔に保つためだろうが、それよりも毎日入るものだから、という先入観で入浴している人も少なくないだろう。
 
これと同じくらいの捉えかたが、ギターの練習、その他何かの習得に対して出来るようになれば、相当なスキルが身につくはずだ。
 
何かの習得のためには、
  • 停滞期があることをしっていること
  • 無計画な計画をたてること
  • ある程度馬鹿になること
  • 習慣化すること
 
この辺りがキーポイントになるだろう。