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日々じゃーなる

日々の生活でおもったことをなんとなく、でも結構まじめに綴るブログです

貧乏から金持ちより、金持ちから節約の方が難しい

お金に困らない生活をしたい。
 
この願いは誰でもあるだろう。
お金に全く執着がない、というのは大抵の場合嘘だと思っている。
完全に自給自足している人でもない限り、生活にお金は必要だ。
いや、自給自足していても、住民税は払わないといけないので、つまりお金は必要である。
 
不況が叫ばれて久しい。
確かに不況だと感じるところは多々ある。
 
特に、最近出会う若者は、皆お金がないし、その両親がリストラにあった、なんていう話を聞いてもあまり驚かなくなったくらいだ。
 
それにもまして、これから少子高齢化がすすむ。
支える方が支えられる方よりもずっと少ない時代が間違いなく到来する。
 
こんな時代だからこそ、お金をより渇望するのはしかたのないことかもしれない。
 
お金持ちになるのは意外とシンプルだ。
要するに働いて稼げば良い。
 
シンプルは、簡単という意味ではない。
(簡単なら、それを苦に自殺する人なんていない)。
 
お金を稼げばお金持ちになれる、そして、稼ぐためには働く、ということが、どこまでも論理的にシンプルだ、という意味だ。
 
しかし、お金持ちが貧乏になるのは結構難しいようだ。
もう少し詳しく言えば、お金持ちの人が、貧乏な頃の生活をすることが難しいという意味。
 
例えば、、
 
ランチにかける平均的な金額が500円位の生活をしている学生が、数年後にサラリーマンになり、安定した収入を得ることになったら、ほとんどの場合ランチにかける平均的な金額は数百円上がる。
 
大は小を兼ねるはずなので、本当は安定した収入を得ていても、ランチを500円くらいに抑えることはできる。
しかし、それができる人はあまりみたことがない。
 
これには自分の意志だけでなく、同調圧力もある。
周りが800円位のランチを食べるのが当たり前の中、しかも800円出せる経済的余裕があれば、節約の必要性がなくなる。
 
その生活に慣れてしまった後が怖い。
気付いたら、周りにそういう人がいなくても、そんな経済的余裕がなくても、ランチ800円を下回れなくなってしまう。
 
これが、金持ちから節約の方が難しいという意味だ。
人が最もコントロールしにくい、感情が大きく関わっているのが、その理由だ。
 
自己破産の手続きをする人の中には、衣食住を見ても結構良い生活をしている様に見える人も多いらしい。
(当然、その場合は申請が通らない)
 
それは、ただ単に借金を帳消しにしたいという邪な気持ちがある場合もあるだろうが、それだけでなく、経済的余裕がなくなっても感情として倹約的な生活に戻ることができない、という側面がある。
 
人生とお金は切っても切り離せない。
そして、経済のことを考えれば、お金は回れば回るほど良い。
つまり、お金持ちにはどんどんお金を使ってもらわなくては困る。
 
しかし、お金がもたらしてくれる便利さ、快適さは、強い強い中毒性がある。
その中毒によって、本当に人生がめちゃくちゃになった人も少なくない。
 
対策は2つ。
 
一つは、その事実を知っていることだ。
お金持ちになることを望むことと同時に、そこには危険も孕んでいることをしっかりを意識することだ。
(お金持ちになっても節約し続けるべき、という意味ではない)
 
もう一つは、それを監視してくれる人を身近におくこと。
恋人でも家族でも友人でも良い。
自分を最も客観的に見てくれるのは、自分「でない」誰かだ。