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日々じゃーなる

日々の生活でおもったことをなんとなく、でも結構まじめに綴るブログです

時代ごとの価値観

テクノロジー 考え方 音楽

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ギロチンという言葉から連想する言葉は?
残酷、非人道的、重い刑罰・・・
 
しかし、ギロチンが出来た経緯を見ると、それらの連想は、事実の全く反対であることがわかる。
 
連想のギャップが起きている理由は、一重に「時代」だ。
現代文明が絶対上位の価値観を置いている「人命」ですら、時代が変われば、時にとんでもなく軽く扱われる。
 
人命よりも国体を優先した太平洋戦争は、たった70年ちょっと前だ。
 
現代の価値観で昔あった事実をとらえ非難するのは、筋違い。
と同時に、今自分たちが当然のように行っていることも、未来の価値観では非難の対象となるかもしれない、ということは、頭のほんの片隅においておいたほうが良いかもしれない。
 
さて、なぜギロチンを取り上げたかというと、今日がギロチンによる死刑が執行された最後の日だからだそうだ。
 
1977年9月10日。
 
意外と最近だ、、、
 

ギロチン開発の経緯

 
死刑という制度は、人類の刑罰史上最も古くからある刑罰であるといわれる。
その方法は様々で、列記すると辟易するので割愛するが、その中には残虐極まりないものも多い。
 
そして、ギロチンが開発される前まで行われた死刑のうち、最も多かったのが斬首刑。
尚、これは貴族階級に限ったことで、庶民は絞首刑が主。
死刑の方法にまで、罪の重さではなく、身分による差別があった時代。
 
しかし、斧や刀を使う斬首刑の場合、死刑執行人が下手くそだったら、何度となく失敗してしまい、死に至るまで多大なる苦痛が生じることも多い。
 
想像したくないが、人間の首はそうやすやすと切断できるものではないだろう。
 
そこで考案されたのが機械装置による斬首、つまりギロチンだ。
発案者はジョゼフ・ギヨタン、ギロチンという名前の由来はこの人からきたのだが、本人は不名誉だとし、後にしぶしぶ姓を変えることとなる。
 
ギヨタンは、機械装置を使う処刑導入と同時に、身分による死刑方法の差別を撤廃し、全員が同じ方法で処刑されるべき、と訴えた。
 
当時この主張は議会で笑われたが、粘り強く主張を続け、ついにギロチン導入と、死刑方法の身分による差別撤廃が実現する。
年は1792年。今から200年以上前のはなし。
 

価値観は、これからますます変わっていく

 
いかがだろうか。
現代との価値観の違いに驚かざるを得ない。
 
日本では死刑制度がまだあるが、世界でみると先進国を中心に死刑制度自体が減っていっている現代。
 
それに対し、一瞬で受刑者を死に至らすギロチンが「人道的」とされ、また、貴族階級と平民が同じ方法で処刑されることが当たり前でなかった時代。
 
情報伝達手段が未発達な200年間でここまで価値観が変わるのだから、これからの200年で変遷を遂げる価値観は、この比ではないだろう。
 
「そもそもこれおかしいよね」
 
今こう思っていることは、未来では当たり前のように非難されていることかもしれない。
もちろん、今当たり前のように行っていることが、未来で賞賛されることもあるだろう。
 
余談だが、最初のギロチンを実際に制作(設計は諸説あり)したのはシュミット工房という会社。
 
この会社は、なんと当時の楽器製造メーカーで、しかも現存している。
 
なぜ楽器製造メーカーが死刑装置を作ることになったか。
 
当時の死刑執行人の一人、アンリ・サンソンとシュミット工房のシュミットが「ドモダチ」だったからだそうだ・・・