日々じゃーなる

日々の生活でおもったことをなんとなく、でも結構まじめに綴るブログです

運動会の場所取り、男女平等、カメラマン

 
運動会関係のタイトル記事を、内田良氏が書いているが、自分の娘(幼稚園)の運動会に今日参加してきたので、実感をかいておく。
 

場所取りに驚く

 
夏の花火大会が好きなので、そのためにレジャーシートを使って場所取りをした経験はある。
何時間前からとれば良いか、どの場所が最適か、レジャーシートはどうやって固定するか、などを考えて場所取りをするわけだ。
 
しかし、まさか幼稚園の運動会で同様の場所取りをするとは思わなかった。
自分の幼稚園に通っていた頃の記憶はあまりない。
そこで、今回孫の運動会を見に来た自分の親に、自分が幼稚園の頃はどうだったかを尋ねた。
 
「同じようなものね」
 
これにも驚いた。
まさか自分の幼稚園時代からこんなことが行われていたとは思わなかった。
場所取りは当然、自分の子どもの晴れ姿をできるだけ良い位置で見たいという親の気持ちの表れだが、それは今も昔も変わらないようだ。
 

並んでいるのは男性が多い

 
ただ、昔と違うのは、場所取りのために並んでいるのが、殆ど男性だった(つまり父親だった)こと。
昔は女性の方が多かったらしい。
(親の記憶なので、どれだけ正しいかは怪しい)
 
これをどう捉えるかは人それぞれだろう。
男女平等がすすんだとみるのか。
それとも、そこに男性ばかりがならんでいるのは、家で弁当を女性が作っているためであって、結局その構図は変わらないとみるべきなのか。
 

園長先生の言葉

 
「見せる運動会ではなく、参加する運動会へ」
 
運動会を始めるにあたって、園長先生から発せられた言葉だ。
本当にそうあってほしい。
運動会は、見に来た親を満足させるためにあるのではない。
あくまで、教育の一環だ。
見に来た親の為の過剰な演出は不要だし、それが危険を伴うものならば言語道断。
 

写真はデータで欲しいものだ

 
もう一つ違和感があったのが、写真関係。
幼稚園から依頼を受けたカメラマンが、忙しそうにシャッターを切っている。
結構な人数の園児がいて、全ての園児の写真を少なくとも1枚以上は残さないといけないので、忙しくもなるだろう。
これもおそらく昔からさほど変わらない風景だ。
 
しかし、時代は変わり、写真も動画もデータ全盛の時代だ。
データはかさばらないし、劣化しない。
 
そんな中、数日後に園舎内に貼り出された番号付きの写真を有料で購入する人はどれだけいるのだろうか。
 
写真家を雇い、プロの腕で写真をとってもらうのはよいだろう。
しかし、そのあとはぜひデータで提供してほしい。
 
幼稚園によっては、専用サイトに全ての写真がアップされ、園側が認証を下ろしたアカウントのみそのサイトにログイン、ダウンロードできる、というシステムを構築しているところもあるらしい。
 
システム構築といえば難しそうだが、Google辺りのサービスを使えば全然難しくないし、ランニングコストもほぼ無料だ。
 
その方が、園も保護者もカメラマンも楽になる。
そして、劣化しない写真が残るということを考えれば園児にとっても良いことだ。
大変なのは、変化している過程だけだ。
 
 
人生2度目の幼稚園での運動会では、思うところも色々あったが、結果的には楽しかった。
繰り返すが、幼稚園の記憶はあまりない。
しかし、これから自分の記憶にある様々な行事を、もう一度体験していくことになるのだろう。
今度は「親」「大人」という立場で。
 
そこから見えてくるものは本当に興味深い。