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日々じゃーなる

日々の生活でおもったことをなんとなく、でも結構まじめに綴るブログです

善悪の判断が出来ていると思っている「悪」

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なぜ世の中からタバコはなくならないのか。
タバコの健康に与える影響は統計上揺るぎない。
麻薬や覚醒剤を違法としているように、タバコも違法にすることによって、撲滅の方に向かえば良い。
 
ある程度の正論だ。
 
なぜ世の中からお酒がなくならないのか。
飲酒運転や、泥酔状態での暴力事件など、お酒さえ世の中からなくなれば起こらなかった事件、事故は多い。
これも違法にしてしまい、撲滅の方に向かえば良い。
 
これまた、ある程度の正論だ。
 
これらが撲滅の方向に向かわない理由は、自分たち自身にある。
 

良心と秩序

 
「良心の問題に関しては、多数決の法則は適用されない。」
という名言を残した。
 
この言葉を表面的に捉え、上記例に当てはめると、
  • タバコを好んで吸っている人がいくら多くても、それをもって正しいとは言えない
  • お酒を楽しんで飲んでいる人が大勢いても、それが良いとは言えない
ということになる。
 
しかし、自分はこのガンジーの言葉は、そういう意味で発せられたのではないと感じる。
 
良心は各々の心が決めるものであって、全ての人が普遍的に感じる良心というものはないし、ましてやそれを多数決で決めることには意味がない、ということではないだろうか。
 
世界に多種多様な人が存在していることは、淡々とそこにある事実なので、それを踏まえて目指すべくは、歪のない「共存」。
共存の為に必要になってくるのは「秩序維持」だ。
 
そして、「秩序を維持すること」と「良心を持つこと」との間には、結構な差異がある。
 
最初の例に戻ろう。
タバコを吸うことは、確かに良くないことなの「かも」しれない。
少なくとも健康には良くない。
しかし、秩序維持という観点で捉えると、大した問題は無い。
秩序維持のスタンスでタバコを捉えたときに問題になるのが、タバコが他人に与える影響だが、これはタバコ自体ではなく、吸う場所やマナーが問題だ。
 
そして、少なくとも愛煙家にとっては、タバコは心に「良い」ものとなっている。
(心にも体にも悪かったら、流石にやめる)
 
お酒も然り。
お酒自体は何も悪くない。その飲み方が問題だ。
お酒自体が良いかどうかを決めるのは個人であり、秩序維持の観点で言えば、そんなに問題はない。
 

「上から目線」に気付くことが重要

 
タバコもお酒も世の中からなくなれば、世の中がよりよくなる、と考える人の頭の中には、自分の考え方、つまりタバコをなくすこと、お酒をなくすことは良いことだ、という決めつけがある。
さらに、その善悪判断を自分自身はできる、と思い込んでいる
 
その考え方自体が、秩序維持と逆行していることに気付くべきだ。
物事を勧善懲悪的に捉え、悪しきを罰していけば世の中が良くなる、といった単純なストーリーは、日本だけでも1億人以上、世界だろう60億もの人が共存しているこの世の中のストーリーには、全く適用できない。
できないのに無理やり押し通そうとすると、歪が生じ、秩序は保たれない。
 
禁煙に成功した人、断酒に成功した人が特に危険だ。
禁煙してよかった事や、断酒してよかった事はたくさんあるだろうし、それを言うのは別に構わない。
しかし、その感じ方にも差がある事も踏まえておかないとまずい。
逆に、元喫煙者やお酒を飲んでいた人は経験として、その良さもちゃんと言えなければいけないだろう。
(別に口に出して言う必要はないが)