日々じゃーなる

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それでも運転するのは、人の不合理性

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交通事故による死者数は、減ってきているとはいえ、年間約4000人。一日あたりに換算すると、実に毎日10人だ。

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これが問題でないわけがない。

冒頭ブログの筆者は、根源的かつシンプルな解決方法が最もよく、それがつまり運転自体を趣味にするような風潮は否定されるべき、ということなのだろう。

 

書いていることはとても合理的で、なるほどとも思う。

同時に、あまりにも合理的すぎて、じゃあなぜそういった社会的な動きが起きないのか、ということを考えるべきだ。

 

ブログ中に「麻痺している」という文章が出てくるが、たしかにそれもあるだろう。

だからこそ、交通事故にあった人は、被害者も加害者も、その麻痺状態から正常になって、運転が怖くなったり、車自体が怖くなったりする。

 

人はちっとも合理的ではない 

 

しかし、それだけではない。

そこには、人がそもそも合理的ではない、という視点が欠けていると感じる。

かなりのリスクを背負っていても、目先の利便性を優先してしまうのが人だ。

 

これは、例えばダイエットを考えてみればわかりやすい。

大型書店に行ったり、アマゾンでダイエット関連の本を調べたりすれば、これでもかというほどダイエットのための本が出てくる。

 

しかし、実はダイエットの方法は基本的には

・食事に気をつける

・運動をする

の2つに集約される。

村上春樹氏は、これに「恋をする」も付け加えていた)

 

要するに、上記2つを守れば誰でも必ずダイエットに成功する。

にも関わらず、全員がダイエットに成功できるとは限らない。

成功を目指している人がたくさんいて、でも成功できない人が結構いるから、あれだけたくさんの本が売ってあるし売れ続ける。

 

まったくもって合理的ではない。

 

歴史を紐解いてみても、例えば禁酒法

酒を完全廃止すれば、飲酒運転はもちろん、アルコール依存症も、酔っぱらいによる喧嘩もゼロになる、、はずだった。

 

現実にはヤミ酒が裏社会の資金源になり、社会はちっとも良くならなかった。

裏社会を正当化することはできない。

しかし同時に、それらを無視することも根絶することもできないのもこれまた受け止めなくてはならない事実だ。

 

車に話を戻そう。

つまり、これだけの死者数が出ているにもかかわらず、趣味がドライブという人の気持は、「だって楽しいもん」であって、それ以上でもそれ以下でもない。

そして、そう思う人はいなくならない。

 

合理的でない「人」を受け止め、社会がコントロールする

 

社会としてこの死者数を減らす方法を模索するのは当然で、その方策が免許制度であり、取締強化であり、違反に対する厳罰化である。

 

並行してテクノロジーを駆使し、車と無事故を可能な限り近づけていく。

車をなくすのではなく。

 

合理的でない人を受け止めたあとでないと思いつかない方策がある。

 

 

famo-seca.hatenablog.com

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