日々じゃーなる

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smap「解散」について思うこと

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日本のアイドル史に、間違いなくその名を残すであろうsmapが遂に解散となる。

音楽業界にいる者としては、とてもとても寂しい気分になるが、同時に心よりお疲れ様でした、ありがとう、と言いたい。

 

メンバーの5人は各々に個性が光り、解散後も芸能活動やアーティスト活動を続ける見通しということで、smap解散だけではなく、個人活動開始という概念もセットにして語られるべきだろう。

 

さて、繰り返すが、今回のsmapは「解散」だ。

メインのテレビ番組であるスマスマが先日最後の放送を終え、それ以降5人がそろって出演することはないという。

最後まで粘り強い交渉の続いた紅白歌合戦出演も、どうやら実現しなさそうだ。

 

休止ではなく解散

 

いつごろからか、かなりの知名度があるバンドやグループが活動をやめる時に、活動休止という言葉を使い始めた。無期限活動休止という場合もある。

 

記憶が曖昧で申し訳ないが、活動休止という表現が多用されるまでは、解散という言葉しかなかったと思う。

 

いつしか使われるようになった活動休止という言葉は確かに、解散という言葉と比較すると、再開の可能性を感じさせてくれる。

 

それまで解散という言葉を使っていたのにそれを休止に変えた意図は、恐らくここだろう。

 

確かに、100%再開が無いとは、どんなバンド、グループも言い切れないので、表現としては正しいのかもしれない。

言葉自体にも、解散というネガティブさが和らぐイメージはある。

 

なぜ「解散」なのか

 

そんな中で、今回のsmapは「解散」だ。

自分の知る限り、今回のsmapの動きを「活動休止」と呼んでいる人や報道は無い。

 

解散という言葉しかなかったときと違い、休止という言葉も選択肢としてある今、あえて解散という言葉を堂々と使うことには、ある種の「覚悟」を感じるのは邪推に過ぎるだろうか。

 

ファンは理想をアイドルに重ねる

 

今回の一件は、報道によるとメンバー間の不仲に端を発しているとのことだ。

ここまで売れっ子になり、しかも年齢もけっこういった男性5人の間が、ずっと仲良しのままということ自体が正直不自然だ。

 

しかし、アイドルやバンド、グループというのは、ブランディングにもよるが、それを仲良く見せることも仕事の一つになる。

 

ファンはアイドルに積極的に騙されたい。

真実を知りたいのではなく、理想像をアイドルに重ね合わせたい。

 

だから、アイドル自身(達)は、自分たちで作った自分達像と本当の自分達像の距離に苦しむ。

どこにでもいる人間と同じはずなのに、まるで別の世界の人間かのように見られることが人前に立つ人間の重要な要素なので、これは職業上致し方ない。

 

本当の自分像とファンが求める理想像が一致すれば、それはあらゆる意味で最強だろうが、個人レベルではそれがあったとしても、グループやバンドのように複数人がからんでくると、確率的にまずありえない。

 

解散は、人間としての言葉

 

今回は、解散だ。

これは再開はもう無い、というメンバーの覚悟だと受け取っている。

そこに、彼らの本当の人間像が垣間見えるようで、不謹慎だがどこか嬉しくもある。

上記したように、メンバーひとりひとりが新たな一歩を踏み出すために、smapという冠を捨てるのだ、という覚悟があれば、休止という言葉はそぐわない。

 

これからもアイドルの先人として、もちろん現役のエンターテイナーとして、皆に笑顔を作ってくれるだろう。

 

「解散」おめでとう。