読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

日々じゃーなる

日々の生活でおもったことをなんとなく、でも結構まじめに綴るブログです

子どもは遊びをいくらでも思いつく

今週のお題「何して遊んだ?」

 

f:id:famo_seca:20170221114157p:plain

 

幼少期は、とにかく外でよく遊びました。

内容は思い出そうとしても思い出せません。

遠い記憶ということもありますが、遊びのバリエーションがあまりにも多くて、ということの方が主な理由です。

 

自分が育ったのはごくごく普通の一軒家です。

住宅地だったのですが、残念ながら近くに公園はありませんでした。

つまり、道路で遊ぶことになります。

 

道路と言っても、車がどんどん走るようなところでもないので、まあ普通に遊べるわけです。

ただし、子どもなりの工夫が必要です。

野球だったら、道路でやる以上、ダイヤモンドがめちゃくちゃ縦長にしてやる、などですね。

工夫というよりも、ゴリ押しでやるといった方が近いかもしれません。

 

日本は家と家の間隔がとてもせまい、ということは良くないこととして語られることが多いのですが、子どもにとっては、鬼ごっこ、ケードロ、缶けり、かくれんぼをするのには逆に面白いんですね。

テレビに出てくるような、隙間をくぐり抜けて、みたいなことが本当にできるわけです。

 

そういうところには、そういうところに似合った虫なんかもいて、捕まえたりしていました。

刺されて大変なことになったこともありますが。何に刺されたかは覚えていませんが、痛さはよく覚えています。

 

 

子どもというのは、時間さえあればとにかく遊ぶものです。

自分の子どもは4歳と2歳ですが、食事、睡眠以外は基本ずっと遊んでいます。

もう少し詳しく言うと、何でも遊びに変えます。

 

親の経験がある人ならばわかると思いますが、凝ったおもちゃを買い与えても、意外と親の使っている台所用品なんかを好んで遊びます。

金属製のオタマにうつっている、湾曲した自分の顔をみてゲラゲラ笑う、という風景をよく見かけます。

オタマも、子どもにかかればおもちゃに変わります。

 

自分の子ども時代を思い返せば、やはり公園のような場所があったら嬉しいだろうとは思います。

公園には遊具があればそれはそれで嬉しいのですが、ないならないでなんとかするのも子どものすごいところです。

広場と砂場だけでも、おそらく何時間でも遊びます。

 

今地方にも国にもお金はあまりありません。

公園を作るといっても、素人なのでそこにいくらくらいかかるのかはわかりませんが、安い金額でないことはわかります。

 

しかし、広場と柵(安全のため)くらいならばどうにかなるのではないでしょうか。

それでもかなりのお金がかかるとは思いますが、子ども時代を思い返すと、広い場所で遊びたかった、という思いはあるので、もし広場すらないところがあったら、どうにかしてほしいと思います。

 

それさえあれば、あとは子ども任せでどうにかなるでしょう。

 

 

famo-seca.hatenablog.com

famo-seca.hatenablog.com