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日々じゃーなる

日々の生活でおもったことをなんとなく、でも結構まじめに綴るブログです

PTA〜権限と給料と責任

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記事を読むまで知りませんでしたが、PTAはGHQの司令で設置されたものなんですね。

そこそこ歴史はあるということです。

 

PTAに対するイメージは、やはりよくないです。

これは、PTA関係者がドラマや映画などで憎まれ役、悪役となることが多いからかもしれません。

しかし、イメージばかりでもないでしょう。

 

私の娘は現在幼稚園に通っていますが、そこには保護者会というものがあります。

目的や役割はPTAと近いものです。

そこにも色々と問題があり、冒頭の記事を読むと重なる部分が多くあります。

 

細かい問題点はさておき、マクロな視点で見た時に浮かび上がるのは、ガバナンスの問題ではないでしょうか。

教師と保護者の間で形作られる組織に関して、誰に権限と責任があるのかがはっきりしない印象があります。

権限は、キャラクター的に強い人やお金持ちなどの社会的地位が高い人になりがちで、しかしながらそれは「なんとなく」の権限でしかないので、表立って責任追求はできません。

こんなガバナンスで組織が健全さを保てるのならば、学校、会社、その他多くの組織が抱える人間関係の問題はすぐに解決するでしょう。

 

いや、中には正義感を持って役を担う人もいます。

しかし、上記したように権限と責任はセットです。そして社会では大抵、そこにお金が絡んできます。

会社のガバナンスならば、上の立場の人間に権限と高い給料を与える変わり、責任もとらせます。

「権限」「給料」「責任」はどれも不可欠で、どれが抜けてもうまくいきません。

ためしに一つ抜いてみます。例えば権限を抜くとどうなりますか。

給料が高いけど会社の地位は同じ。で何か起こったときの責任はとらされる。

責任を追求された人は、俺には権限がない、と訴えるだろうし、周りの人は、高い給料もらっているだろう、と反論します。当たり前に起こるいざこざです。

 

PTAに話を戻すと、PTAは誰に権限があるのかはよくわかりません。たとえあったとしても、その人に正当な対価(つまり給料に値するもの)が与えられることはほとんどありません。そして、責任もやはりなんとなくです。

こんな状態では、なんとなくキャラクターが強い人や、お金持ちの人に、なんとなくの権限があるように見えるのは当然ですね。繰り返しますが、責任はとりません。

 

 

内田良さんの著書やレポートが有名ですが、教育現場ではしばしば、法律的にもありえないことがまかり通ってしまいます。

 

教育という病 子どもと先生を苦しめる「教育リスク」 (光文社新書)

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いじめや体罰は間違いなく暴行事件ですが、そう呼ばれることはほとんどありませんし、人間ピラミッドは高所作業員が遵守しなくてはならない決まりに明らかに反しています。

必然的に閉鎖的な空間になるので、その発見も遅くなりがちです。

その為、学校外に別組織を置き監視するという発想は大切で、PTAもその機能を果たせばとても重要な目的・役割を持つ組織となります。

しかし、役割以前にガバナンスの大前提ができていないと、機能するはずもありません。うまれるのは、不満やいざこざばかりになるでしょう。

 

GHQの司令によって作られたPTA、もうそろそろ現場の意見を取り入れた組織形態に国主導で作り変えていく時期なのではないでしょうか。

 

 

famo-seca.hatenablog.com

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