日々じゃーなる

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仕事をするということ

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人生において、仕事は間違いなく大切な要素の一つでしょう。

人は多くの時間と労力を仕事に費やします。

人生の1/3は睡眠だと言いますが、それを除き、さらに働き始めてから以降の年齢に絞れば、仕事をしている時間は、それ以外の時間を圧倒しているはずです。

 

人はなぜ仕事をするのか。

この回答がその人の仕事観をわかりやすく表わすのだと思います。

そして、回答としては「お金」か「それ以外」のどちらかに大別されます。

もちろん殆どの人は両方でしょうが、最も大きな理由でどちらをあげるかが重要です。

 

お金、と答える人は、つまりお金が遺産やら宝くじ当選やらでしこたまある人は、仕事をしなくても良い、ということになります。

実際に、長者番付に名を連ねるレベル人たちを見て、その年収を知ると、必ず「自分だったらすぐに仕事やめる」という人が出てきますね。あんなに稼いでいるのに、まだお金を稼ぎたいなんて、お金の亡者だ、とディスる人までいます。

要するに、一生遊んで暮らしていける位のお金があるのならば、もう働かなくて良いではないか、と思うわけです。

 

こういう人は、仕事が「嫌なこと、きついこと」という固定概念が染み付いています。残念なことに。

 

仕事は、社会全体から俯瞰すると、多くの人の共存の為にあると言って良いでしょう。

人は得手不得手がみな違います。力が強い人もいれば、頭の回転が早い人もいる。

だから、自分の得意分野を社会に供給し、普遍的交換価値のある賃金を得る、となっています。この供給部分が労働、つまり仕事ですね。

 

共存には自分自身も含まれるので、過労死がいかに矛盾しているかわかります。

本末転倒ですね。

 

 

この記事にあるように、人生は仕事だけではありません。

だから、家族や恋人の為に時間を使う時間(=プライベート)を、仕事の時間と天秤にかけ、どちらかに大きく傾く人を否定するのはあまりに軽薄だし乱暴です。

 

しかし一方で、仕事に打ち込んでいる人の中には、自分の意志で、つまり誰かに言われたとかではなく自発的に、プライベートと仕事を天秤にかけ、仕事を選択する人も多くいる、ということです。そういう人の仕事理由は、お金以外であることがほとんどです。

 

仕事ばっかりして家族を放ったらかしにする、という表現は、いささか印象が悪いものですが、社会貢献のために、家族総意のもとで仕事に打ち込んだ、と表現すればだいぶ違って聞こえます。

本人や家族の総意ならば、だれに文句を言われるものでもないでしょう。

 

日清の創業者、安藤百福さんは、即席ラーメンのアイデアを構想中、全く家族をかまってやれなかったそうです。

しかし、そんな父親の背中を見て育った2代目社長である息子は、その父親を誇りに思う、と言います。

優れた会社のトップの家族は、金銭面以外ではみんな不幸で虐げられているのでしょうか。私には全くそう思えません。

 

なりふりかまわず、寝食も忘れ仕事に打ち込むことに対する理解は、ブラック企業という言葉が出す雰囲気によって、下がってきている様に思い、それはとても残念です。

 

ブラック企業の良くないところは、ストレスがたまる要素を本人のやる気や根性のせいにしていることであって、働く行為自体は、たとえそれがとても長い時間であっても、良くないとは思いません。

 

 

仕事観を見直す時代に差し掛かっています。

各々が充実した仕事を担える人生を送れるような時代に変わることを切に願います。

 

 

famo-seca.hatenablog.com

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