日々じゃーなる

日々の生活でおもったことをなんとなく、でも結構まじめに綴るブログです

「HOW」より「WHY」

普段テレビはほとんど見ませんが、たまたま人気バラエティー番組、アメトークを友達の家に行った時に見ました。

オリエンタルラジオの中田さんが、なにやら勉強の仕方を説明しており、なにかしらそういう企画だったようです。

後で調べると、「勉強大好き芸人」というくくりだったようですね。

 

勉強大好き芸人が教える...とっておきテク|アメトーーク!|テレビ朝日

 

この中で言っていた、板書についての話がとても同意できました。

 

番組中でも伝えていましたが、学校の授業中に、先生が黒板に書いたことを必至でノートに書き写す行為は、当たり前の風景でもあり、不思議な風景でもありますよね。

 

人と話している時にスマホをいじっていると相手に不快感与えるので注意されるのに、先生が授業で話している時は、ノートをとることに集中することが推奨されるのです。

ノートをとっていて「授業を聞きなさい」という注意を受けた人は少なそうですが、板書してなくて「ちゃんと板書しなさい」と注意された人は割りといそうですね。

 

そもそも、黒板に書いたことを写しさえすれば授業が成り立つというのならば、そこに先生は不要です。

黒板に書くはずのことをプリントにして配ってしまえば早い。今ならばPDFでメール・LINEで一斉送信でしょうか。

 

わざわざ生身の人間が教壇に立って授業をしていることの意義を考えれば、板書が授業でどういった役割なのかは自ずとわかりますよね。

 

 

これ以外にも、なかなかにユニークな勉強法が紹介されていて、少し実用性のあるバラエティー番組という意味で面白かったです。

しかし同時に思ったのは、また「HOW」か、ということです。

 

勉強法だって音楽だって、どんなことでも今やハウツー本は用意されています。

Amazonあたりで調べれば、0件ということはまずありません。

なんなら、人生の謳歌の仕方(=HOW)まで売ってありますね。

そして、それらに書いてあることは、概ね正しいでしょう。

 

しかし、大切なのはその前の(?)「WHY」ではないでしょうか。

 

音楽を例にあげてみます。

ある曲のギターソロがとてもかっこよくて、それを弾けるようになりたい人が、そのフレーズを練習するとします。

まず音程をとって、その運指をたしかめ、あとはそれを滑らかに弾けるように繰り返し鍛錬します。

これらは全て「HOW」ですね。多分教則本に載っています。どうやって弾いたら滑らかに運指ができるか、どういうピッキングをしたらどういった音がでるか、といった具合ですね。

 

しかし、弾き方云々よりも先に、なぜ(=WHY)そのソロがカッコイイと感じたのか、ということと真剣に向き合うことが大切です。

とくに音楽の場合は、カッコよさに個人差があるので、WHYに向き合わなかったら存在意義が失われると言っても過言ではありません。

 

勉強もそうです。どうやったら(HOW)効率よく勉強できるか、集中できるか、記憶できるか。それらも大切ですが、なぜ(WHY)勉強しなくてはいけないのか、それが受験合格ならば、なぜ(WHY)その学校に行きたいと思っているのか、という自問自答の方がより大切です。

 

WHYを考えない期間が長くなると、思考停止に陥ります。思考がない行動は、テクノロジーに取って代わられちゃう可能性大ですね。

 

 

famo-seca.hatenablog.com

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