日々じゃーなる

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大切なのは変わること、変わらないこと? 〜ある友人と再会して〜

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30年以上の付き合いのある友人と久しぶりに会いました。

約3年振りの再会です。

同じ小学校ではないものの、塾のクラスがたまたま同じで、その後同じ中学校に進学しました。

高校、大学も違いますが、そもそも住まいが近いというのもあるし、なにかと気が合うということもあり、今に至ります。

 

今はお互いに社会人、妻子持ちということもあり、なによりも住まいが遠く離れているので、頻繁に会うことはありませんが、それでも数年毎には会っています。

 

毎回その友人に会って思うこと、それは、彼は変わらないなぁ、ということです。

これは、良い悪いの問題ではなくそう思います。

あえて言えば、若干良い意味寄りです。

 

人そのものを除けば、30年という月日で環境は大きく変わります。

進学して交友関係が変わり、恋人と付き合ったり別れたり。

就職して、安定した給料と引き換えの人間関係によるストレスに思い悩み、結婚して子どもができて、確かな幸せと生活の大変さを体感します。

 

これらは多くの人が体験する「普通のこと」だとは思いますが、文字でさらさらと書くほどさっぱりもしていません。

苦労自慢はあまり好きではありませんが、自慢せずとも結果的に苦労はたくさんあったし、もちろんそれ以上の愉快なこともあったから、今のところ笑って日々を過ごせるのでしょう。

 

これが私と友人と各々にあり、一つ一つの現実に起こった内容も違うし、感じ方も違います。

10年以上という月日は、いくら気があっている友人という関係でも、その変化を感じるのが当たり前だと思うのです。

 

しかし、彼は変わりません。

最初に出会ったのは小学生高学年の頃ですが、本当にその頃の質感そのままなのです。

目の前にいるのに、とても懐かしい感じを受けるし、なぜかほっとします。

そういうのって、何かしらいいですね。

 

 

私は、世の中は何でも変わり続けるほうが良いと思っています。

その真意は「アップデート」という意味で、古い物事を否定し、新しい物事だけを賞賛するという意味ではありません。古いものに新しいものを追加していったほうが良いという意味です。それは結果的には「変化」です。

しかし、その変化を続けた結果、本当は存在するはずの古い物事が、相対的に見えにくくなります。それが、物事が変化したことを古きものに対する否定、と感じてしまう所以でしょう。

 

しかし、彼のようにそれをほとんど感じさせない人もいます。

人に関しては、変わったほうが良い部分と、変わらないでいてほしい部分があります。

彼とは、あと10年後も仲良くいられる気がするのです。

 

 

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