日々じゃーなる

日々の生活でおもったことをなんとなく、でも結構まじめに綴るブログです

おむつ台くらい設置してくれても、、

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イクメンという言葉はあまり良くない。

なぜなら、そういう言葉があること自体が、育児は女性が中心を担うという前提だから。

 

 

こんなことを言われるくらい、男性の育児参加は増えてきたと思います。

上の批判はちょっと言葉だけにとらわれすぎている気がしないでもありません。育児のような実行動に関しては、その名の通り実際の行動が全てで、それをイクメンと呼んでも呼ばなくても大した差はありません。

 

街中を歩くと、男性が抱っこひもで赤ちゃんを抱っこしている風景はとても自然にうつります。男性と女性ではたいてい男性の方が体力があるので、重い荷物を持つのが男性の役目になるのと同じで、重い赤ちゃんを抱っこするのも男性になるのは当たり前です。

 

そんな風景ですら、一昔前まではあまり見かけない風景だったようですね。

 

私の父親が人生で始めて抱っこしたのは、私の娘だそうです。つまり私や私の兄弟は一度も抱っこされていないのです。抱っこもしていないのだから、育児参加なんて程遠いでしょう。

多分その世代には、そういった人は少なからずいるのでしょう。

おむつを変えたことがない、風呂に入れたことがない、となるとよりたくさんいそうですね。

 

しかし、育児を女性一人でこなすのなんて、ほとんど不可能に近い。相手は人間なので、予測のつかない行動にでることもよくあるし、赤ちゃんなのでなーんにもできません。

仕事をしていて忙しい、というのとは質というか次元が全く違います。もちろん休憩なんてありませんし。

 

そう考えると、男性が育児参加するのが当たり前になってきた現代への変化は喜ばしいことだと思います。

男性の威厳が、なんて言う人は威厳を履き違えているだけでしょう。

そんなことで威厳が失われる人は、ハナから威厳なんてありません。

 

ちなみに、育児を夫婦で完全に平等にする必要はありません。家庭によっては100:0でどちらかに任せっきりになっているところもあります。

それが双方の合意の元ならば問題ないし、その方が社会的に生産性が高くなることはあります。

 

さて、冒頭の記事は、都庁の男子トイレにおむつ替えの台がない、というもの。

ちょっと意地悪な言い方をすれば、こういう庶民が当たり前に感じる不便に政治家が気づかない、というところが政治不信を助長するのかな、と。

私の住む地域の役所も、役所の周りの道路はどんどんきれいになっていきますが、男子トイレにおむつ台はありません。道路整備のコストに比べれば随分と安いものだと思いますが、そこには予算がつかないのでしょうか。

 

政治家や役所に務める人など、より庶民の気持ちを理解する必要がある人こそ、なんとか育児経験をするべきだと思います。

少子化が問題だといくら叫んでも、男子トイレにおむつ台設置することすらできないのでは、説得力が全く出ませんよ。

 

 

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