日々じゃーなる

日々の生活でおもったことをなんとなく、でも結構まじめに綴るブログです。 趣味は読書とビリヤード。仕事は音楽関係。

余裕のある社会の方がよくないですか?

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良いかどうかは後回しにして、やはり日本の鉄道の正確さはすごいと思います。

時間通りに来て、時間通りに発車するのが当たり前ですよね。

その裏には鉄道会社による水面下の努力があるのでしょう。

 

私も海外にたくさん行きましたが、鉄道は確かに日本のほこるべきもの、それはもう文化と言っても良いものだと思います。

一日あたりの乗降車数を駅ごとにランキングすると、上位は全て日本です。

blog.tokuriki.com

 

その上であの正確さです。手品ですか?と問いたい。

 

さてさて、冒頭に紹介した記事は、予定時間よりも20秒早く発車したことを鉄道会社が謝罪した、というニュースに対して、海外メディが「史上でもっとも、過剰に反省された20秒だったのでは…」「日本の鉄道会社は、ニューヨークの乗客が決して聞くことがないであろう謝罪を出した」とコメントした、という記事です。

 

確かに、たった20秒でも予定より早く発車するのは防げるかもしれません。遅れるのは仕方ないにしても、です。

 

しかし記事を見ると、「9時44分40秒に発車するべきところを9時44分20秒に発車してしまった」とあります。

 

つまり、1分単位で言えば早くないわけですね。時刻表には秒まで書いていないので、乗客からすると正しい時刻に発車したことになるはずです。

 

それでも謝罪した、というのをどう受け止めるか、ですが、私は正直細かすぎる、と感じます。

きめ細かい接客やサービスは日本のお家芸とも言えるもので、鉄道会社が時間通りに電車を運行させるというのも、その一部とみなせるのかもしれません。

 

しかし、鉄道会社内の人のことも考えなくてはいけない。今の日本は働き方をしっかり考える時期にあります。

たった20秒早く発車しただけで謝罪した、という前例を作ってしまうと、同じような事が別で起こった時に謝罪しなくてはいけない空気になりそうです。

そのプレッシャーは、はたして鉄道会社の人々が感じなくてはいけないプレッシャーなのでしょうか。

 

公共交通機関は、何かを販売している民間企業とは違います。ある店が気に食わない人がいたら、その店に行かなければ良い、という手段は、公共交通機関では使えません。

公共交通機関は民間企業とはいえ、都市の血液のようなものなので、ことはそう簡単に片付けられない。

つまり、鉄道会社にクレームを言っても、じゃあ乗らなければよいでしょう、と反論できないので、いくら乗客とは言え鉄道会社で働く人のことも考えなくてはいけないのではないか、と思うわけです。

 

20秒位の差は許されるような余裕のある社会の方が、いくぶん住みやすいと感じるのは私だけでしょうか。

 

 

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