日々じゃーなる

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正義の脆さ〜悲しみの歌を読んで

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悲しみの歌 (新潮文庫)

悲しみの歌 (新潮文庫)

 

 

遠藤周作さんの作品は、沈黙がずば抜けて有名で、それしか読んだことがありませんでした。

尊敬するジャーナリスト、佐々木俊尚さんがこの本を薦めていたので読んでみたのですが、これは本当に面白かった。

 

特に面白かったのは、ここで筆者が伝えたいメッセージは、そのまま現代にもあてはまる、というところです。

勧善懲悪の象徴として存在する新聞記者と、救いのない状況で辛さを感じながら生きる医者。

この話はフィクションですが、内容は現実にあってもまったくおかしくない、むしろ現実にあるだろうことばかりです。

 

概念だけで言えば、勧善懲悪は今の炎上騒ぎや不倫報道に見られます。

そこで騒いだり批判したりしている人は、直接的な関係者でもないのに、社会が、倫理がという抽象的な言葉を武器に、高みから悪を糾弾するという立ち位置です。

悪いことは悪いけれど、そんなに人のことを堂々と批判できるほどの人格者はどこにいるのか聞いてみたいものです。

 

辛さなの中で生きる医者は、そのまま現代の医者にも通ずるし、一部労働者にも言えるのかもしれません。

経済、つまりお金がとても重要な現代社会において、ある仕事をするのに理想と現実が離れていくことは多々あります。

「本当はこんなことをするためにこの会社に入ったわけではないが、実際にこれでお金が動き給料をもらい、家族に幸せがもたらされるのだから、仕方がないのだ」

こういう状況に心を病む人は私の周りにも多くいます。

 

何が正しくて何が間違っているか分からないのが現代です。

だから、わからないまま放っておくのが一番です。人と価値観や認識を無理やり合わせなければいけないこともありますが、それは最低限にしておいたほうが、均衡が保たれる、そう思います。

 

それに、無理やり合わせるくらいなら、堂々と逃げれば良い。世界には数十億の人が存在しています。自分の周りのひとと価値観や認識を無理やり合わせ、それによって苦しみを味わうくらいならば、価値観が近い人を見つける旅に出ることのほうが随分前向きです。

 

 

この作品は、戦後の復興をとげたばかりくらいの時期が背景になっています。戦争の残した苦しみや悲しさが社会の至る所にまだまだ残っている時代です。

しかし、先の大戦から70年以上経った今、本当に戦後という呼び方をしなくてもよくなったのかどうか、それは大きな疑問です。

 

 

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